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蝶野正洋が明かしていた”闘魂三銃士”武藤敬司との決別「頭にきたんだ!」武藤なき新日本プロレスのリングでアントニオ猪木に放った一言
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph byToshiya Kondo
posted2023/03/06 17:00
武藤敬司の「デビュー25周年興行」に出場した蝶野正洋(2009年撮影)
「自分の出番のときに呼びますんで、お願いします」
猪木は「おう」とだけ答えた。
その時、蝶野は観客のいるリングという“現場”で、猪木にある“勝負”を挑もうとしていた。総合格闘技路線に進もうとする猪木の目を、プロレスに向けさせようと考えていたのだ。ファンの前で「もっとプロレスをやってくれ」と呼びかければ、声援に押されて猪木も応じるだろう。そういう読みを持っていた。なので、猪木に何を言うつもりかは説明しなかった。
自分の試合を終えた蝶野はマイクを握り、予定通り猪木を呼んだ。
「我々の上には神がいる、ミスター猪木!」
大喝采を浴びてリングに入ってきた猪木は、しかし蝶野より先に言葉をぶつけてきた。
「俺は怒っている。会社の機密を持っていかれたのに、みんな指を加えて黙っている。おい蝶野! お前は怒っていないのか!」
蝶野は答えた。
「俺はこのリングでプロレスをやりたいんだ!」
それは、まるで猪木に対して「この声が聞こえないのか? それに応えないのか?」と迫っているようだった。
「お前は…プロレス界全体を仕切る器量になれ!」
会場が大歓声で応じる。猪木であっても、この雰囲気に逆らう答えをすることは出来ないだろう。蝶野は、猪木の「分かった」という答えを待った。総合格闘技からプロレスに重点を切り替える約束手形さえもらえれば、レスラーたちの不満は抑えられるのだ……。
しかし猪木は、おなじみの「道」を朗読したあとで蝶野を見据えながら言った。
「これからは、お前はただの選手じゃない! プロレス界全体を仕切る器量になれ!」
予期せぬ言葉に、蝶野の頭は真っ白になった。長州に代わって現場責任者になれと、ファン公開で辞令が下ったのだ。さっき以上の歓声。背くわけにはいかなかった。
「俺にすべてを任せろ!」
気がつけば、そんな言葉を叫んでいた。いや、叫ばされた。
新日本が蝶野体制に移行した瞬間である。
<#2に続く>