“箱根の家族旅行”で父は息子を車から降ろし、走らせた

　大学の寮に入る前に、“父”は1泊2日の家族旅行を提案した。行き先は箱根だった。

「旅行に行くのに、練習着を持っていけって言われて、それで小田原で降ろされて、16km走って上りました」

　家族3人で旅行をするのは実に中野が小2の時以来だったが、全く予想もしていなかった展開になった。

　ただ、父はその家族旅行に特別な思いを持っていた。

「私自身がけじめを付けるためだったのかもしれません。本人に対しても、箱根を目指すことはきついことだし、生半可な気持ちじゃダメだって分かってほしかった。やっぱり普通の家庭とは違うのかもしれませんね」（中野孝行監督）

　父にとっては、息子を自チームの選手として迎え入れるための儀式のようなものだった。

帝京大監督の中野孝行（2017年撮影） ©AFLO

同級生とも「人間関係が難しかったですね」

　この数日後、“父と息子”は“監督と選手”になった。

「僕が中途半端な態度をとっていたら、絶対にチームには良くないし、良くも悪くも（監督の息子ということで）影響があるなと思ったので、ちゃんとするべきところはちゃんとしようと思いました」

　競技場では父を監督と呼び、必ず敬語を使うようにした。

　とはいえ、父がチームの監督であるという事実は変わらない。チームメイトとは仲が良かったものの、4年間ずっと居心地の悪さはつきまとった。

「僕も気を遣いますし、周りも気を遣っているなっていうのは感じました。特に同級生は、やりづらかっただろうなとずっと思っていました。たぶん僕がいなかったら、できる会話があっただろうなって思いますから。人間関係が難しかったですね」

　仲が良いチームメイトにも打ち明けられない悩みは、母親に相談に乗ってもらっていたという。

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