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「来年も投げると決めていた」金子千尋(39歳)はなぜ“コーチ転身”を決意したのか?〈山本由伸の覚醒、期待の若手ピッチャーも語る〉
text by
田中大貴Daiki Tanaka
photograph byTomosuke Imai
posted2023/01/30 17:00
「引退試合をファンの皆さんの前でできなかったことが少し心残りです」と素直な心境を明かした金子千尋。コーチとして球界への恩返しを誓った
金子 そうですね。初めて完封したときは、「あっ、まだ成長できるんだ」と嬉しかったのでよく覚えています。でも正直……思い出に残る試合は? いいピッチングは? と聞かれても、真っ先に浮かぶのは悔しい試合ばかりで。
――悔しい試合?
金子 たとえば2011年の最終戦、ソフトバンク戦です。勝てばクライマックスシリーズ進出。ソフトバンクはすでにCS進出を決めていましたが、確か(D・J・)ホールトンの最多勝が懸かっていて、当たり前ですけど向こうも本気でした。そこで勝てなかったという悔しさは、今でも忘れられません。
※ソフトバンクに敗れたオリックスは勝率.0001差で4位に転落
――14年には投手にとって最高の名誉である「沢村賞」を受賞。それでも「優勝」は遠かったですね。
※2014年、オリックスは年間80勝を挙げるも、勝率差でソフトバンクにリーグ王者の座を譲った。同年、金子は16勝・防御率1.98の記録を残して投手2冠に輝き、最優秀選手にも選出されている。
金子 自分が成績を残したとしても、チームが勝っていないと喜べないんです。僕の成績はそこそこでいいので、とにかくチームを優勝させたかった。それが本音です。確かに沢村賞やMVPを取らせてもらいましたが、「そういえば取ったな」くらいであまり印象に残っていないんです。
覚醒前の山本由伸から質問
――対戦相手としては複雑な思いだったかもしれませんが、昨季は、同じ時間を過ごした後輩たちが見事に日本一を果たしました。エースの山本由伸選手はちょうど金子さんがオリックスに在籍していた頃に入団してきましたよね(2017年)。現在の活躍ぶりをどう見ていますか?
金子 最初は人伝に「高卒ルーキーですごいピッチャーがいる」と聞いていました。コーチ陣から「由伸がこんな投げ方をしたいと言っているんだけど、どう思う?」と相談を受けたこともありましたね。いわゆる“やり投げ投法”をちゃんと見てなかったので「さすがに難しいんじゃないですかね」と言った記憶があります。でも、実際に投球を見たら、あっ、これはほんとにすごいぞと(笑)。
投げ方もそうですが、何より高卒2年目で自分のスタイルを曲げない芯というか、いい頑固さがあった。そういう気持ちの強さを持ち合わせていたので、由伸はすごいピッチャーになるだろうという予感はありましたね。
――何か質問されたことはありますか?
金子 たしか、彼が2年目のキャンプ初日、プロで戦うための基盤をつくっていた頃だと思うのですが、「投げ込みはしたほうがいいんですか」と質問されました。そこで僕は「ある程度の投げ込みは必要。でも、やらされる投げ込みはやらないほうがいい」と。前向きな投げ込みであれば、故障につながりにくいと伝えました。
――オリックスのエースとして、似ている部分は?
金子 似ている部分ですか……見つけられないですね(笑)。由伸を見てすごいと思うのは、まだ若いのに大舞台でも試合をすごく楽しめていること。投げている途中も笑顔を見せますよね。僕は正直、楽しめてはいなかったですから。笑っていたのは勝った瞬間だけ。今、考えると勝手にプレッシャーを感じていたのかなと思いますね。