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「僕の名前はラーズ・ヌートバー。日本人です」ヌートバー10歳、突然の“予言”…母クミさんが語る“WBC代表選出の15年前”「あれは本気だったのか」
text by
田中仰Aogu Tanaka
photograph byKumi Enokida Nootbaar
posted2023/01/18 11:04
WBC日本代表に選出されたラーズ・ヌートバー。母・クミさんに聞く“100%好きになる”ラーズの人柄とは?
――3人とも幼少期からスポーツを?
クミ 長男とラーズは野球・サッカー・バスケット、長女はバレーボールを主に。私も中高時代はソフトボール部でしたし、チャーリーも野球を長くやっていて。3人とも運動は好きでしたね。
別れ際に“号泣”…マー君らと交流
――最近日本で話題になっているのですが、2006年、野球の高校日本代表で訪米した選手2人をホストファミリーとして迎え入れたとか。
クミ そうなんです。船橋くん(悠/当時・早稲田実)と塩ちゃん(塩澤佑太/当時・帝京)。うちの子が野球をやっていたつながりから、ホストをやってみない? って誘われて。その年、あのマー君(田中将大)と佑ちゃん(斎藤佑樹)の甲子園決勝での投げ合い、アメリカに住んでいた私ですら知ってたんですよ。だから、えーー! あの世代の代表選手が来るの……ぜひ! って。子どもたちもやろうよって乗り気でした。
そしたら2人とも本当にいい子で、当時9歳だったラーズをすごくかわいがってくれたんです。チーム内でも“野球大好き少年”がいる、って知られていったみたいで、練習に来なよと誘われて。代表の子たち全員、気さくで明るくて、ラーズに親切にしてくれました。お別れのときは案の定、ラーズ号泣……。「また来てね」「優しくしてくれてありがとう」ってガン泣きでした(笑)。そこからいわゆる“日本の球児”の影響をもろに受けてましたね。
――というのは?
クミ 野球帽子のツバがあるじゃないですか。当時の高校球児の間では、丸く折る形が流行っていて。そしたらラーズの帽子のツバもいつの間にか……。あの子たちに優しくしてもらった経験はラーズのなかで本当に大きかったと思います。
ラーズ“10歳時の発言”「僕は日本を代表してここにいます」
――すごい縁ですよね。“野球大好き少年”がゆくゆくメジャーリーガーになって……。
クミ 本当に運命的。実はこの話には続きがあって。