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大谷翔平「日本ハムにお世話になります」までの舞台裏…“可能性ゼロ”から交渉を続けた元GMが10年越しに明かす「とてつもなく長い45日間」
text by
佐藤春佳Haruka Sato
photograph byKYODO
posted2022/11/19 17:00
国内球団への入団について「可能性はゼロ」と話していた大谷だが、1カ月半の交渉の末、日本ハム入りを決断
気まずい沈黙を破った「クンクン クンクン」
ドラフト会議から8日後の2012年11月2日。山田氏は指名後初めて、大谷と対面を果たした。岩手県奥州市にある自宅を訪れ、両親と本人を前に指名の挨拶をすることが叶った。何としても獲得をしたい、その熱意を切々と伝えた。
「大谷本人はいつも通り礼儀正しく、ニコニコとしていました。ただ、会って挨拶することと、自分の気持ちを変えるのは全く別だ、というはっきりとした意思はこちらに伝わってきました。挨拶をしたのはいいけれど、そこから先に話が進まない。いったい何を切り出したらいいのか、だんだんと会話もなくなってしまって……」
リビングに気まずい沈黙が続く。その時、隣の部屋から物音が聞こえてきた。
「クンクン、クンクン」
可愛いらしい鳴き声の主は、当時大谷家で飼っていたゴールデンレトリバーの「エースくん」。日夜マスコミが押しかけていたため、外の犬小屋に出すことができず、部屋のなかに入れられていたようだった。
「犬に会ってもいいですか?」
そうたずねた山田氏が、大谷の母・加代子さんに許可を得て扉を開けると、愛らしい「エースくん」が元気に茶色のしっぽを振った。
「当時僕もビーグルを飼っていたんです。普通は黒や白の模様があるんだけれど、全部ベージュ色のちょっと変わったビーグルだったんですよ。だから大谷の犬にちょっと似ていてね。“僕のうちにもビーグルがいるんだよ、お前みたいにでかくはないけどさ”なんてずっと犬に話しかけていました。向こうも犬が好きな人は分かるし、なついてくれてね」
こわばっていた空気が、少しほどけた瞬間だった。後に加代子さんは、愛犬がすっかりなついた様子を見て、不思議と山田氏への信頼が増したということを明かしている。
「“愛犬家に悪い人はいない”っておっしゃっていたと人づてに聞いたことはあります(笑)。本当にそう感じていただけたなら、犬のおかげだったのかな」