クイックが決まらないという課題を何とかしないと、いずれは東レでの活動にも支障をきたすことを予感していた富松さんは“オリンピックメンバーからの落選”を機に、それまでとはバレーボールへの向き合い方を改めた。

　全体練習のあとにも、何本もスパイクを打つ練習を重ねた。

「選考から落ちて、チームに戻ってからは、もうとにかく必死に練習したことを覚えています。その成果があって、なんとか形にはなるようになった。不思議なものでスパイクが決められるようになると、攻撃でのストレスが減って、ブロックにもより集中できた。もしオリンピックに行けていたら、おそらくあそこまでスパイクの練習はしていなかったと思います。僕の中では、オリンピックに行っていたら今の自分はなかったと思っていますね」

　胸を張ってそう語った。

目標にしていた「松本慶彦」という存在

　そんな富松さんが現役を退くまで、常に目標としていた選手が前述の松本慶彦だ。

　2007年、富松さんが初めて日本代表に選ばれて合宿に参加した際に、松本と出会った。同じくらいの190センチ台前半の身長。他の2m超えのミドルブロッカーと比べ、身長が低い分、スピードやスパイクコースのバリエーションなどで勝負をする、似たタイプの選手だった。

　ゲーム好きという共通点もあり、すぐに仲良くなった。同じポジションを争うライバルではあったが、何より一緒にいて居心地がよかった。合宿中の食事や入浴は一緒。休みの日にはゲーム機を選びに家電売り場に行ったり、外食をするなどして共に過ごした。ファンの間でも有名なコンビとなった。

　松本は今年、41歳というトップリーグ最高齢でリーグ開幕を迎えている。長年、間近で見てきた松本は、富松さんにとってどんな選手なのか。

堺ブレイザーズ・松本慶彦　©︎BLAZERS SPORTS CLUB

「こういうプレーができるようになりたい、ならないと海外でも国内でも活躍できないんだと思わせてくれるプレーヤーでした。目標って、その相手が引退したらまた別のところに変えなければいけなかったと思うんですけど、全然やめないのでね（笑）。なんだよ、俺の目標、最後まで松本さんだったなぁって……」

　照れ隠しなのだろうか、冗談めかして語る。

　引退することを、松本に告げた際には「早いよ、若いのが先にやめたらダメだよ」と言われたという。

「全然、若くないですよって言い返しましたけどね（笑）。松本さんは、とにかくすごいなぁとしか言えませんよね。妖怪なんじゃないかなって思うこともあります。人間離れしてますよね。いろいろ痛いところがあって、パフォーマンスが落ちて試合に出ていない時期もありましたけど、そこから復活してきて、以前にも増して素晴らしいプレーを見せてくれていますから」

【次ページ】　「筋力のバランスがいいんでしょうね」