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「イチローに欠点あり」ノムさんが日本シリーズで仕掛けた“インハイ心理戦”「彼はまだ若かったし、腹が立ったんでしょうね」
text by
日比野恭三Kyozo Hibino
photograph bySports Graphic Number
posted2022/10/25 11:01
1995年の日本シリーズは「イチローvs古田敦也・野村ID野球」という側面で注目された
「野村監督が宣伝部長、僕が副部長です。インハイに弱点があると言われれば、プライドを傷つけられたイチローが振ってくるだろうと考えた。彼は天才だからこそ、欠点を指摘されることを嫌がるだろうと」
ヤクルト対オリックス。不人気なカードと言われかねないシリーズの宣伝という大義名分があった。その陰で、二人は遠く神戸にいるイチローの耳に届かせたいがために、公共の電波に乗せてインハイ攻めを叫び続けた。現役を引退後、タレントとしても活動していた角にとっては、うってつけの役目と言えた。
ブロスが急に肩を抑えて『イテェ、イテェ』
角は同時に、投手たちにインハイのボールゾーンヘのピッチングを練習させた。これだけ喧伝したのだ。相手もマークしてくるコースに投げ込むことは、当然リスクを伴う。ましてや相手はイチロー。ひとつ間違えば一発もある。だが、角の心に迷いはなかった。
「監督という『結論』がいましたから……。この作戦がうまくいくかどうかなんて、疑うこともなくやってましたね」
開幕を前にチームの総意として始まった心理戦を、ナインは密かに楽しんでもいた。角が笑いながら振り返る。
「ブロスがね、ブルペンで投げている時に、急に肩を押さえながら『イテェ、イテェ』とか言い出すんですよ。大根役者の演技みたいに。そんなことしなくていいって言ってるのに……。でもあまりにも芝居が下手すぎて、記者の人たちも、ホントなのか演技なのかがよく分からなかったみたい」
イチローが目を覚ましたら…だから高津を
そしてシリーズの1戦目、先発のブロスは高めのボールゾーンヘ速球を集め、イチローをポテンヒット1本に封じることに成功する。ここからヤクルトが勢いに乗って3連勝する間、イチローはわずか2安打と、完全に打撃の調子を狂わされていた。
「案の定、彼は高めの球を振ってきた。まだ若かったし、腹が立ったんでしょうね。でも、第5戦の第1打席でブロスのインハイをホームランにしたんです。その瞬間、やばいと思いました。ダメだ、もう通用しないぞと」
3勝1敗で王手をかけてはいたが、ベンチで見守っていた角は危機感を募らせていた。