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“マイノリティの星”セリーナ・ウィリアムズ40歳はテニス界をどう変えた? 大坂なおみ「ウィリアムズ姉妹がいなければ、今のわたしは存在しない」
text by
内田暁Akatsuki Uchida
photograph byGetty Images
posted2022/09/17 17:03
9月2日、全米オープン3回戦でトムヤノビッチに敗れ、コートを去ったセリーナ
同じフォームで、あらゆるコースにさまざまな球種を放つ高いサーブ技術は、その代表例。背景にあるのは、幼少期から多くの時間をサーブに割いていたこと。それも、使い古しのラケットを全力で投げるユニークな練習法で鍛えたことは、今では有名なエピソードだ。
セリーナの“戦術性の高さ”に言及したのは、155センチの小柄な身体で世界の32位まで至った、奈良くるみ。戦略家として知られる彼女は、セリーナとの対戦後に、そのプレーを「わたしがお手本とすべきテニス」とまで言った。
「アングルショットで相手を追い出すとすぐに前に出て、スウィングボレーを決める。とても理に適っていて、無駄がない」、「走りながらクロスとストレートに打ち分ける能力が高い」というのが、相手を分析する能力に長ける奈良のセリーナ評だ。セリーナがコート上で披露した高次なプレーは、ある選手にとってはお手本となり、ある選手には対抗するための技術の進化を促し、テニスの可能性と多様性を広げたはずだ。
セリーナの選んだ「Evolve」の意味
「さよならを言うのは苦手」というセリーナが、テニス界を去る際に選んだ言葉は、「引退」ではなく「evolve」だった。日本語では「進化」と訳されることが多いが、語源的には、回転しながらより広大なステージへと進む……というニュアンスになるだろう。
セリーナが去った後の全米オープンでは、シフィオンテクがポーランド人として、初の全米オープン優勝者となった。昨年の女子決勝を戦った二人の10代選手は、国籍は英国とカナダだが、いずれも母親がアジア系の移民だった。2018年にセリーナを破りタイトルを手にした大坂は、日本人初のグランドスラム優勝者である。
セリーナの登場により、新たなステージへと転がり出したテニス界は、後に続く者たちの手によって、一層広大な世界へと漕ぎだしていく。
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