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「あんちゃん座れ」ケンカで無双“大分の龍二”が圧倒された千代の富士の迫力とは? 元大関・千代大海の九重親方が振り返る師匠との出会い
text by
飯塚さきSaki Iizuka
photograph byBUNGEISHUNJU/Ichisei Hiramatsu
posted2022/09/10 11:00
元大関・千代大海の九重親方にロングインタビューを実施。前編では、“大分の龍二”時代や師匠(元横綱・千代の富士)との出会いについて話を聞いた
角界入りを決意した「母との壮絶なやりとり」
――16歳の九州場所で初土俵を踏んだ親方。角界入りを決意したのはどういった経緯だったのでしょうか。
中学卒業後、実はSPになりたくて、空手の師範から「君の持って生まれた運動神経や感覚は尋常じゃない。犯罪心理を学びながら、シカゴに行ってSPになる修行を積んでこい」と言われ、半年間くらい準備していたんです。最後は母に言わないといけないなと思い、実家に報告に行きました。母は「自分で考えて行動しなさい」という教育方針で、僕がそれまで何十回補導されようが、まったく怒ったことがない人です。そんな母が好きで、一度も逆らったことはありませんでした。
「将来について話があるんだけど」とこたつに座り、「俺に将来何になってもらいたいの」と聞いたら、「力士になれ」って言うんです。でも自分はSPになりたい。スポーツ選手や政治家のボディーガードとして、正義の力で悪を制していきたいんだと力説したら、母がふと台所に立ちました。お茶でも出してくれるのかな、と思ったら、なんと切れ味鋭い出刃包丁を持ってきて、僕の頸動脈に突きつけたんですよ……!
――ええっ!?
「いままで一生懸命育ててきたつもりだけど、そんなことを言うなら、この場でお前を殺して私も死ぬ」と、泣きながら言い出しました。でも刃先から殺気を感じた瞬間、ビビビッと衝撃が走って、「いま変われ」という“天の声”のようなものが聞こえたんです。いったん母に包丁をどけてもらい、そのときにはもう心が決まっていました。「おふくろが望む行き先は力士だな」。泣きながら「そうだ」と言われたので、じゃあ力士になると言ったら、母はすごく喜んでね。ただ、小学生の頃からスカウトはいろいろあったのに、すごく失礼な形で追い払っちゃっていたんです。声をかけに来てくれた方に「早く帰れ」なんて言ったり……。
相撲界のことは何もわからないけど、たった1人だけ、千代の富士なら知っていた。当時、千代の富士さんは引退したばかりだということで、「じゃあ一番強い人のところに行こう」と。それが入門したきっかけです。しかも母親には「私に出刃包丁を突きつけられているようじゃSP失格だろう」って、後になって言われました(笑)。