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聖地はキヨハラを受け入れるのか? 甲子園100回大会に訪れた清原和博を待っていた重苦しい緊迫「なんで、こんなに暗いんですか…」
posted2022/08/20 17:06
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Takuya Sugiyama
ベストセラー『嫌われた監督』で大宅賞、講談社ノンフィクション賞、ミズノスポーツライター賞の3冠受賞を果たした作家・鈴木忠平氏の待望の新刊『虚空の人 清原和博を巡る旅』より一部抜粋してお届けします。(全3回の2回目/#1、#3を読む)
宮地と清原が甲子園に着いたのは午後1時半を過ぎたころだった。近くのホテルで清原の取材をしているというライターと合流すると、球場北側にある建物の前でタクシーを降りた。小さな入口に警備員が立っていた。そこからスタジアム内部へと抜けられるのだという。球児たちの憧れである聖地に、こんな裏口があることを宮地は初めて知った。
細くて天井の低いバックヤードに入ってからは大会を主催している新聞社の幹部と球場スタッフの先導に従って薄暗い通路を進んだ。何度か曲がり、いくつかの階段を上り下りした。骨組みが剝き出しになった壁によって左右の景色は遮断されており、どこをどう歩いているのかまったく分からなかった。
誰もが無言だった。今の清原が甲子園の決勝戦を訪れるのがどういうことなのか。張りつめた空気が物語っていた。
「なんで、こんなに暗いんですか......」
前を歩く清原が宮地を振り向いた。鉄骨の隙間からわずかに差し込んだ光に面長の顔が浮かびあがった。表情は強張り、宮地の倍もあろうかという大きな背中は怯えたように丸まっていた。
あれほど晴れやかだった清原に異変が表れはじめたのは名古屋駅を出発した新幹線が京都に差しかかったあたりだった。滑らかだった口から言葉が消えた。車窓から物憂げに外を眺めるだけになった。その視線の先には分厚く垂れ込めた雲があった。
甲子園を目前にして、重苦しい沈黙が…
新大阪駅に着いたころには太陽はもうほとんど隠れて見えなくなっていた。降り立ったホームには人いきれと肌にまとわり付くような湿気だけが充満していた。改札からコンコースを抜けてタクシーに乗り込んだとき、宮地はそこでようやく台風19号が西日本に近づいていることを知った。清原の表情と鈍い空の色が重なった。
「少し雨が降るかもしれませんね......」