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清原和博「甲子園に一緒に行ってもらえませんか?」100回大会への切実な願い。高級車での送迎を断り…「ぼく、高校生のときより緊張してるんちゃうかな」
posted2022/08/20 17:05
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Takuya Sugiyama
ベストセラー『嫌われた監督』で大宅賞、講談社ノンフィクション賞、ミズノスポーツライター賞の3冠受賞を果たした作家・鈴木忠平氏の待望の新刊『虚空の人 清原和博を巡る旅』より一部抜粋してお届けします。(全3回の1回目/#2、#3を読む)
2018年8月21日の朝は呆れるくらいに晴れていた。宮地は名古屋の中心街へ向けて車のハンドルを握っていた。清原のマンションへと向かう、いつもの道だった。
フロントガラスの向こうにはむくむくとした入道雲がそびえ立ち、空の高さを誇示していた。容赦なくボンネットを焼く陽射しが車内に濃い陰影をつくり出していた。いつもならうんざりした気分になるような真夏日だったが、この日ばかりは自分たちに向けられた祝福のように感じられた。第100回全国高校野球選手権大会決勝戦ーー宮地と清原は、この日にたどり着いたのだ。
通勤時間帯を終えた幹線道路は心地よく流れていた。宮地はふと空っぽの助手席に目をやった。そこはこの数カ月、ずっと清原のための場所だった。同時に、188センチ、130キロの巨体には小さすぎる空間でもあった。
「甲子園に一緒に行ってもらえませんかーー」
あの日から半年。晴れでも雨でも清原はこの狭いシートに身を縮めてきた。それを物語るように助手席の天井には清原の短い毛髪が何本も突き刺さったままになっていた。それを見ると、宮地は無性にこれまでの日々が眩しく感じられた。
「8月21日はキヨさんの晴れ舞台なんでしょう?」
最後のトレーニングを終えた前夜、宮地と清原はサカイの店で夕食を取った。決戦前夜の昂りが個室を満たしていた。
「キヨさん、明日は高級車で迎えにきてもらいますか? 派手に景気つけていきましょう」
宮地は言った。この日までに3人の共通の知人が当日の送迎を買って出てくれていた。その人物は言った。
「8月21日はキヨさんの晴れ舞台なんでしょう? だったらぼくのベントレーで名古屋駅まで送りますよ。派手にいかなきゃあ」
イギリスの王室専用車のごとく堂々とした口調だった。