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「遅いですよね」36歳の苦労人・ロッテ荻野貴司がプロ13年目で到達した“1000本”の重み《あの最強助っ人を抜く新記録》
text by
千葉ロッテマリーンズ取材班Chiba Lotte Marines
photograph byKYODO
posted2022/08/15 11:02
8月10日のソフトバンク戦で1000本安打を達成したロッテ荻野貴司(36歳)
ケガで忘れられないのは、18年7月9日の埼玉西武ライオンズ戦の出来事だ。荻野は6回表に右手にボールを受けた。当たった瞬間はわからなかったが、ロッカーに戻ると手の感覚を失っていることに気づいた。
「指が動かない。これはマズいと思った」
患部はどんどん腫れて青くなり、すぐにメットライフドーム(当時)の近くの病院に直行。痛み以上に、力を入れたくても入らない状態に事の重さを悟った。好事魔多し。自身にとって初めてとなるオールスター戦への出場を4日後に控えてのアクシデントだった。
「オールスターはもちろんでしたが、シーズン全試合出場を目標にしていたので悔しかったです。『またか』と周囲から言われたし、そういう声はたくさん耳にした。本当に悔しかった」
レントゲン写真で見た荻野の右手の骨は「バキバキに折れていた」。複雑骨折。医師の診断結果を待つまでもなく、復帰まで相当な日数を要することが容易に想像できた。同シーズンはそれまで78試合に出場し、打率.287、2本塁打、25打点、盗塁は20個を記録して盗塁王のタイトルも視野に入れていただけに、さすがの荻野も心が折れかけた。
「あの出来事は大きな支えになっている」
だが、そんな荻野の心を振るい立たせたのは、直前で辞退したオールスターの試合後の映像だった。7月13日の初戦、ライトスタンドに陣取っていたパ・リーグのファンが荻野の応援歌を歌ってくれた。
そこにいたのは、マリーンズファンだけではない。ライオンズのユニフォームを着ていたファンも、ホークスの帽子を被っていた少年も、ファイターズ、バファローズ、イーグルスのファンもみんなで心を一つにして何度も何度も歌っていた。その様子を見た荻野の目頭は熱くなった。
「毎年のように故障して離脱している自分のことを応援してくれていた。下を向かずに立ち上がって、もっともっと頑張れよとエールを送ってくれているように聞こえました。本当にありがたかったですし、あの出来事はその後の自分の中でも大きな支えになっています」
順調に回復した荻野は翌19年に復帰すると、当時の自己最多となる125試合に出場、打率.315、28盗塁を記録。34歳を迎えたシーズンで初のベストナインとゴールデングラブ賞を受賞した。
翌20年は再びケガでシーズンを途中離脱する不本意な結果に終わったが、昨シーズンはついにプロ入り後初めて143試合フル出場を果たし、盗塁王と最多安打の個人タイトルを初獲得している。