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「清原です」見覚えのない電話番号から突然の告白「記事、読んで泣いてます」「必ず戻りますから…待っていてください」
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph byTakuya Sugiyama
posted2022/07/30 17:01
史上最多の甲子園13本塁打を放った金属バットを大事そうに持つ清原和博
聴覚に刻まれた音が脳内で文字になった。それでも私は電話の向こうの人物と、いま自分が書こうとしている人物をすぐには結びつけることができなかった。
キヨハラ、きよはら……清原――。
音と認識が繫がった瞬間、私は座席を立った。携帯電話を耳に当てたまま、デッキへ向かった。
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「清原です……」
清原は顔も知らない書き手に向かって語り始めた
電話の主はもう一度名乗った。そう言われてみれば聞き覚えのある声だった。かなり張りを失ってはいたが、テレビのニュースや野球中継のヒーローインタビューで何度か耳にしたことのある声だった。
デッキに出た私は窓枠にもたれ、電話口に「はい」と言った。それしか言葉が出てこなかった。
自分が何者であるかは通じたと判断したのだろう。電話の主は躊躇いがちに切り出した。
「あの、雑誌の記事……読みました。ありがとうございました。それだけ伝えたくて、電話しました」
ひと言ひと言に長い間があった。私の方も返答するのに数秒の沈黙を要することになった。電話口にいるのがあの清原なのだとようやく認識したばかりの脳が、すぐには言葉の意味を咀嚼できなかったからだ。
声の主はゆっくりと続けた。
「いま、東京のマンションにいます。一日中、カーテンを閉め切った部屋で何度も何度も読み返しています。読んで……泣いています」
空調の効いていないデッキは蒸し暑く騒々しかった。列車が風を切る轟音と車輪がレールにぶつかる擦過音が入り混じっていた。電話の声が騒音に消されてしまいそうで、私は携帯電話を耳に押し当てた。
清原が言うのは、村田らの証言をもとに書いた雑誌のルポのことだった。清原本人がそれを目にしていたのだ─―私の乾いた喉が鳴った。
「そうでしたか……」
あまりに現実感がなかったためか、返す言葉はやはりひとつしか見つからなかった。
覚醒剤に手を染めて地位も名声も失った男が自らの栄光の記憶を編んだ雑誌を手にした。そして、かつての戦友たちの言葉に涙した。そこまではわかる。幾分でき過ぎてはい るが、ありそうなことだった。
ただ、だからといって、世の中から身を隠している人間が見ず知らずの書き手に電話をかけてくるだろうか。そんな人間がいるだろうか。闇と轟音が私を現実から引き離していった。
それから清原は顔も知らない書き手に向かって語り始めた。