潮目が変わる。チームの誰もがそう思った。というのも、この年は岩手県大会のメイン会場である岩手県営野球場でプロ野球のオールスターゲームが開催される。さらに雨天中止によって1日順延されたことで、準決勝から決勝まで中6日の間隔があった。盛岡大附にとって、これ以上の調整期間はなかった。

「あの1週間は大きかったです」

　盛岡大附は大谷対策として、165キロまで設定できるマシンを用意した。監督の関口はそこに“オータニ君”と書かれた紙を貼り、「仮想大谷」を作り上げた。

「今振り返ると、『何やってんだろう』って思いますけどね（笑）。でも当時は、『よし、やったる！』って盛り上がりました」

　最初はかすりもしなかったオータニ君のボールが、3日後には当たるようになり、試合前日には外野まで飛ばせるようになっていた。

県決勝。18歳大谷翔平から放った“ホームラン”

　大谷への恐怖心はない。試合での関口の豪胆な指示も、チームの士気を高めさせた。

「三振は10でも20でもしていいから、低めの変化球は捨てろ。その代わり、高めに来たストレートはしっかり打て」

　1打席目のセカンドゴロで二橋が頷く。

「やっぱり、いけそうだ」

　主砲だけではない。ベンチの反応も同じだ。「真っすぐは、いけんじゃね！」

　オータニ君を攻略できた自信が、実際に大谷と対峙し確信に変わる。2回に1点を先取して迎えた3回、1死一、二塁と追加点のチャンスで4番の二橋に打席が回る。

　迷いはない。狙うは、高めのストレートだ。

　1ボールからの2球目。大谷の148キロのストレートが、二橋の胸元に伸びてきた。

　1、2、3。

　オフから体に染み込ませてきたタイミングでフルスイングする。ボールを捉えた瞬間だけ飛距離を確認すると、「スタンドまでいっただろう」という手応えはあったが、二橋は打球を目で追わずに走っていた。一塁ベースを回ろうとした時に三塁塁審が腕をぐるぐると旋回させているのを確認し、歓喜のガッツポーズをしながらダイヤモンドを一周する。ホームインの直前に大谷とキャッチャーが「ファウルではないか？」というジェスチャーをしていたが、二橋は全く気付かなかったという。

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