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4年前の甲子園、あの近江戦…金足農・吉田輝星はなぜピンチで笑ったのか? “優勝宣言”した大会前に「もう、引退後のことを考えてたんで」
text by
中村計Kei Nakamura
photograph byBUNGEISHUNJU
posted2022/08/18 17:00
4年前の甲子園、あの近江戦…金足農・吉田輝星はなぜピンチで笑ったのか?
横浜の選手「自分たちに勝ってからですよね」
ところが8回裏、1アウト一、二塁から、6番・高橋佑輔がセンター上空に高々と打球を打ち上げる。一瞬、センターが落下地点に入ったかに見えたが、そこから、じわりじわりと背走し、フェンスにたどり着いた後、その上をボールが越えて行った。
バックスクリーン上の旗は、ホームからセンター方向にまっすぐなびいていた。夏場、めったに吹くことがない六甲山からの山風、通称「六甲おろし」が引き起こしたドラマだった。
被弾した板川佳矢が振り返る。
「金農の強さは感じませんでした。このときは、金農も、まだ勢いに乗ってるという感じではなかったですから。自分たちに勝ってからですよね。吉田を中心に野球を楽しんでる感じが出てきたのは」
近江戦、9回表――
日本一過疎化が進む秋田県の、公立の、農業高校が、全国からエリートが集まる超名門私立である横浜を終盤の大逆転劇で下した。確かに、この試合を境に、金足農業は大会の主役に一気に躍り出た。吉田はその後の戦いを、以前こう回想していた。
「甲子園が味方をしてくれている感じがあった。なので、その勢いに乗っちゃおうという感じでしたね」
近江戦、9回表――。そんな主役のピンチを観衆は息を詰めて見守っていた。
ところが、である。瀬川を1ボール2ストライクと追い込み、割れんばかりの拍手が起きる。そして、これから4球目を投じようとしたときだった。吉田は、口角を上げ、真っ白なマウスピースをのぞかせた。
試合後、吉田はこう語った。
「経験したことのないくらいの雰囲気だったので、楽しんで投げられましたね」