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《伝説を止めた新球》イチローのバットが空を切った217打席目…下柳剛が語る“真っ直ぐの投げそこない”の真相「姑息ですね(笑)」 

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鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

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photograph byHideki Sugiyama

posted2022/06/25 06:02

《伝説を止めた新球》イチローのバットが空を切った217打席目…下柳剛が語る“真っ直ぐの投げそこない”の真相「姑息ですね(笑)」<Number Web> photograph by Hideki Sugiyama

記録更新中でも、カウントで追い込まれても、恐れずにバットを出すイチロー。一人だけ常識の外で野球をしていた

 山下にはリードに関して、長年かけて辿り着いた1つの結論があった。きっかけは「10・19」。88年、近鉄が土壇場で優勝を逃した伝説のダブルヘッダーだ。2戦とも勝利することが優勝の条件だった近鉄は第1試合を制し、2試合目も1点リードのまま8回裏を迎えていた。マウンドには山下と黄金バッテリーといわれた左腕・阿波野秀幸がいた。1死から高沢秀昭に対する勝負球。山下は内角ストレートを要求した。だが、阿波野は首を振った。

「それまで阿波野は高沢に結構、打たれていたんですが、打たれていない球種を調べたら、唯一、確率が低かったのがインコースの真っ直ぐなんです。でも2、3球目にスクリューを空振りしていたんで、最後にそこに戻ったのかな……。僕はいつもサインを3回くらいは押すけど、それでも嫌というなら球種を変えます」

 同じサインを3度出したが、最後は阿波野が望むスクリューボールに変更した。次の瞬間、近鉄の優勝が遠のく同点弾が左翼スタンドに弾んでいた。

「なぜ山下さんがサインを出してくれたストレートを信じられなかったのか……」

 阿波野の言葉だ。延長10回、時間切れ引き分けで幕を閉じた悲劇のドラマ、その責任を背負い込んだ。

 だが、山下は若きエースを気遣って試合後もサインに食い違いがあったことは口にしなかった。そして、脱力感の中でこう悟ったという。

「打つか、打たないかはバッターが決める事ですから。ただ、いろいろ考えて行き着いたのは最終的に捕手は、投手が投げたいボールをチョイスしてあげないといけない。プロ野球人生のうちに何回もないような、大事な場面では特にそう……」

「山下さんには全幅の信頼を置いていた」

 その頃の山下は試合中、打者と対戦して感じたことがあれば、ベンチに戻ってすぐ手の甲にメモしていた。いつも真っ黒になっている山下の左手はチーム内でも有名だった。そこまでリードを突き詰めた果てに辿り着いたのが、この結論だった。だからこそ逆に山下は思ったのだろう。あの時、阿波野の投げたいボールを最初から投げさせてやれなかったか、と。その思いは、その後もずっと山下の胸に刻まれていた。

 固唾を呑む東京ドーム。山下のサインを確認した下柳は間髪入れずにうなずいた。

「山下さんには全幅の信頼を置いていましたから。よっぽどのことがない限り、首を振ることはなかったです」

【次ページ】 鋭いフォークのように真下に落ちた

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