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216打席連続無三振…天才イチローを止めるのは誰だ? 雑草魂の左腕に訪れた千載一遇のチャンス「あのクソ生意気な打者に…」

posted2022/06/25 06:01

 
216打席連続無三振…天才イチローを止めるのは誰だ? 雑草魂の左腕に訪れた千載一遇のチャンス「あのクソ生意気な打者に…」<Number Web> photograph by Naoya Sanuki

1997年シーズン、216打席連続無三振という異次元の記録を打ち立てたオリックスのイチロー。各球団のエースたちが三振を狙った

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鈴木忠平

鈴木忠平Tadahira Suzuki

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Naoya Sanuki

1997年、オリックス・イチローは216打席連続無三振の日本新記録を打ち立てた。各球団のエースたちが天才打者からの奪三振を狙う中、雑草魂の左腕と晩年を迎えた捕手にチャンスが来た。《初出:Sports Graphic Number931号(2017年7月31日発売)『1997.6.25 イチローから三振を奪え』/肩書きは全て当時のまま》全2回の1回目(#2へ)

 その年、野球界はたった1つの三振をめぐる狂想曲に沸いていた。4割に迫る打率で4年連続の首位打者へひた走る天才は2カ月もの間、三振をしていなかった。それは野球の常識への挑戦であり、同じプロの世界で戦う投手たちを大いに刺激した。

 6月23日、東京。翌日からのオリックス2連戦を控え、日本ハムの下柳剛は知人と、その息子とともに食事をしていた。野球に生きる男である。自然と話題は全国的なニュースとなっていたイチローの無三振記録へと向かった。止めるのは誰か。周りの無邪気な好奇心に突然、下柳はこう言った。

「俺が止めるわ」

 酔いに任せたわけではない。だからといって明確な根拠や自信があったわけでもない。後から振り返れば、1つだけそう言える“材料”はあったのだが……。

「根拠のない自信というか(笑)。左打者を抑えるリリーフという役割でしたから、チャンスは来るだろうとは思っていました。でも世間の人は西口とか、そこら辺が取ると思っていたでしょうし、僕も自分が取れるとは思っていなかったですから」

西口文也が操った3種類のスライダー

 西口文也はその年の奪三振王である。207イニング超を投げ、192の三振を奪った。15勝5敗、エースとして西武を優勝に導き、防御率以外のタイトルを総なめにし、MVPと沢村賞まで手にした。まだ入団3年目の西口をパ・リーグ最強投手たらしめたのは軟体の生き物のようにうねる魔球、スライダーだった。

 高速で横滑りする通常の軌道のものに加え、力を抜いてタイミングを外すもの、三振を奪うための鋭くタテに落ちるもの。この3種類のスライダーを、手首の角度を変えるだけで自在に投げ分けることができた。

「1球でアウトになってくれた方が楽なんで、三振に特別こだわっているというのはなかったんです。場面によってですね。ただ、左打者に対しては膝下にスライダーを投げておけば、というのはありました」

 無欲な西口が三振の山を築き、それだけ勝てたのは、左打者から「消える」と表現される絶対的な決め球があったからだ。

 そんな最強右腕が無三振を続けるイチローと対戦したのは5月27日だった。3打数1安打。西口をもってしても3度のストライクコールを聞くことはできなかった。それどころか、後に西口はイチローから衝撃の1発を浴びることになる。

【次ページ】 鮮明に残る弾道「まさかその球を…」

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