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井上尚弥の“ありえない右”が「11年前、ドネアの伝説の左フックと重なりました」…“サイタマの衝撃KO”を激写した世界的カメラマンの証言
text by
福田直樹Naoki Fukuda
photograph byNaoki Fukuda
posted2022/06/11 11:04
1ラウンド終了間際、井上尚弥の右がノニト・ドネアのテンプルをとらえる寸前の1枚。撮影した福田直樹氏の「パンチを読む能力」の高さが窺える
後でスロー映像を見返したら、あの接近戦のさなか、井上選手が先にフェイントをかけていた。そのフェイントに対するフェイントでドネア選手が右を入れようとしたところで、あの右が襲ってきたわけですね。もちろん撮っているときはわからないんですが、本当に高度な駆け引きのなかで打たれたパンチ。ああいったパターンを何度も何度も練習していないと絶対に出てこないはずです。身体的な能力やセンスに加えて、とてつもない練習量を感じさせるカウンターでした。
驚いたのは、ドネア選手のダメージです。おそらくレフェリーの次くらいの至近距離で見ていましたが、立ち上がったあと、カウント5、6あたりで顔が少し揺れて、その状態でなんとか直立を保っていた。あの時点で、ちょっと油断すると崩れてしまいそうなほどでした。レフェリーも、もう10cm揺れていたら止めていたかもしれません。
妻のレイチェルさんの「ガードを上げて!」という声が聞こえました。一度カメラを外して全身を見ましたが、あのダメージでよくドネア選手も持ちこたえたと思います。試合後に香川照之(小中高の同級生)と話をしたんですが、彼も「あの1ラウンドのダメージが猛烈だったな」と言っていました。
11年前、ドネアが放った「伝説の左フック」の記憶
あれだけのダメージですから、「絶対に2ラウンドで終わる」と思いました。そんな状態でも、ドネア選手が前に出てきたところはさすがでしたね。井上選手は「(2ラウンドは)行かないよ」と言っていたようですが、出てきたのなら迎え討つと。ドネア選手もすさまじい意地を見せましたが、それ以上に井上選手の無駄のない攻め方が目につきました。いつ決まってもいいように、カメラのオートフォーカスのポイントを真ん中にして、試合が終わる瞬間を狙いました。
決着した瞬間の熱気と興奮はすごかったですね。これだけのビッグマッチで想像以上のフィニッシュですから、本当は声を出してはいけないのに誰も止められない。今回リングサイドにカメラマンは3人しか入れなかったので、そこで撮らせてもらえたのはとても幸せでした。
最初のダウンの右も、フィニッシュの場面も、僕の位置からはあまり「いい角度」ではありませんでした。だからこそ、個人的にとても胸に残ったことがあって……。11年前、2011年の2月にラスベガスで撮ったフェルナンド・モンティエルvsノニト・ドネア。ドネア選手の「伝説の左フック」が語り継がれている一戦と重なり合ったんです。