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ブラジル指揮官には「日本代表監督就任オファー」があった? 取材記者が知る「親日家の名将チッチ」〈ネイマールも涙した人間力〉
text by
沢田啓明Hiroaki Sawada
photograph byTakuya Sugiyama/JMPA
posted2022/06/04 17:01
ロシアW杯のチッチ監督。ブラジルW杯後には日本代表監督就任への“打診”があったという
さらに、「日本人のホスピタリティー、礼儀正しさ、教養に深い感銘を受けた」、「他者を敬い、尊重する日本の文化は本当に素晴らしい。我々ブラジル人は、多くの点で君たち日本人を見習うべきだ」とまで語った。
約束の30分を過ぎても「私が敬愛する日本の人々に…」
このやり取りで雰囲気が和んだ。与えられた時間が短いので矢継ぎ早に質問を投げかけたところ、真摯に答えてくれた。瞬く間に30分が経過し、広報担当から「タイムアップだ」と告げられた。ところが、当のチッチが「もう少しいいだろう」と言ってくれ、時間を延長してすべての質問に丁寧に回答してくれた。
そして別れ際、「君がコリンチャンスのファンであろうとなかろうと、ブラジルのフットボール文化とその文化を、私が敬愛する日本の人々に伝えてくれることに感謝している」と言って握手を求めてくれた。
彼の厚意には、本当に感激した。ただし、日本への賛辞について、このときは「多分にリップサービスが含まれているのだろう」くらいに考えていた。しかし、世界中のフットボール関係者が注目する記者会見の場での発言となると、意味合いが異なる。
「2017年末の彼の言葉は、リップサービスなどではなく本心だったのだ」と遅まきながら気がついた。
ネイマールが涙したほどの素晴らしい人間性とは
チッチは、卓越した戦術家である一方、素晴らしい人間性を備えた強力なリーダーだ。父親のような包容力があり、優れたモチベーターで、すべての選手から慕われる。
前述の2017年のリールでの日本戦の後、チッチとネイマールが記者会見に臨んだ。当時、ネイマールはバルセロナからパリ・サンジェルマン(PSG)へ移籍した直後。フランスでは彼とPSGのチームメイト、監督との軋轢が連日報じられており、地元記者からこの件を執拗に聞かれて苦り切っていた。その様子を見て、チッチがおもむろに口を開いた。
「彼はまだ25歳だ。私も、若い頃には多くのトラブルに直面したものだ」
「彼の人間性については、私が誰よりも良く知っている。美しい心の持ち主で、私は彼を完全に信頼している――」
すぐ横でこれを聞いていたネイマールは、感極まって涙を流し始めた。チッチが話し終わるとチッチの肩に頭を預けて感謝の気持ちを示し、そそくさと会見場を立ち去った。
また、2018年5月、W杯ロシア大会の登録メンバー23人を発表した際、「予備登録をした選手の名前は原則として公表しないが、一人だけ例外を作る」として、デデという当時29歳のCBの名を挙げた。