しかし、ただアーセナルでコンディション調整をしていたわけではないことは、ワールドカップ後の稲本のキャリアが物語っている。

「（デニス・）ベルカンプやアンリ、ビエラのプレーを見ながら、ここまで行かないと試合には出られない、さらに上には行けないということを体感できた1年間でもありました。ほかのチームでは味わえないものだったと思います」

アーセナル時代、リザーブリーグのチェルシー戦でプレーする稲本　©Kazuaki Nishiyama

　アーセナルに来るまではどこでもすぐにポジションを手にできた稲本にとって、世界トップクラスの選手たちの振る舞いひとつひとつが新鮮で、驚きだった。それまで漠然としていた「上」が明確になった時期だったのかもしれない。

「クラブハウスでの日々の姿、身体のケア。そういうプロとしての務めもそうですけど、球際の厳しさや練習での激しさ、負けず嫌いさとか、本当にいろいろありますね。ピッチ内でも言い合いはいつもしているし、最初は喧嘩しているのかと思うほどでしたけど。（フレドリック・）ユングベリとベルカンプがバスの席をめぐって言い争っていたり（笑）。そんなことでさえ負けたくないのか、と。日本人にはない部分ですよね。この気持ちの強さが、練習や試合で活きてくるんだなと思いました。アーセナルで見てきたものは、その後の僕のサッカー人生の糧になったと思います。それは行ってみないとわからないことでしたね」

ヨーロッパは「チャレンジする楽しさ」に満ちていた

　1年でアーセナルを去り、フルアムFC、ウェストブロムウィッチ・アルビオンとイングランドでプレーしたのち、ウェールズのカーディフ・シティを経由して、トルコのガラタサライ、ドイツのフランクフルト、フランスのスタッド・レンヌへと移籍を重ねた。そして、南アフリカワールドカップを控えた2010年に川崎フロンターレに加入し、帰国している。

ガラタサライ時代の稲本。2006年にトルコ・イスタンブールで撮影　©Takuya Sugiyama

　ヨーロッパでは目に見える大きな成果を残したわけではない。けれど、それぞれの場所で戦い続けたことに間違いはないだろう。その時間を、稲本は「楽しかった」と振り返る。

「それぞれの国で、観客の熱を感じながらプレーする楽しさがありました。なによりも、『もっと上を目指したい』というリアルな目標を設定しやすかったので、チャレンジする楽しさがあるんです。5大リーグといわれる場所で長くプレーできたのは、間違いなく自分の財産になりました」

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