グラブを放り投げたシーズンを最後に、伊良部はロッテを去った。最終戦が終わった後、何も告げずに海の向こうへ姿を消してしまった戦友に、大村は内心で腹を立てていたが、オフシーズンのある日、スタジアムへ行ってみると、自身のロッカーにポツンと何かが置いてあることに気づいた。

　一枚の色紙であった。

『頑張れよ』

　ただひと言、そう書いてあった。お世辞にも綺麗な字とは言えなかったが、大村はそれを胸に抱えた。やはり伊良部は、自分が想像した通りの男なのだと思った。

　そして、それが伊良部から受け取った最後の言葉になった。

©︎Koji Asakura

引退後、プッツリと途絶えた連絡

　伊良部が大リーグのヤンキースへ移籍してからも、牛島の携帯にはたびたび国際電話がかかってきた。

「牛さん、今、いいですか？」

　マウンドが硬くて合わないのだが、どうすればいいか。ストッパーをやれと言われたが、どう調整すべきか。伊良部の口から発せられるのは、相変わらずピッチングのことばかりだった。時には携帯を耳にあてたまま、2時間が過ぎていることもあった。

ヤンキース時代の伊良部　©︎Kazuaki Nishiyama

　ただそれも、彼が40歳で引退してからはプッツリと途絶えた。あれだけ投球について訊いてきた男が、第二の人生については何も尋ねてはこなかった。

《おそらく、野球を取ったら何もないという気持ちなんだろう……》

　牛島はマウンドを降りた伊良部の姿を断片的に見ながら、そう察していた。

　そして、アメリカに渡る前、伊良部がこんなことを言っていたのを思い出した。

「親父を探しに行くんですよ――」

　それが野球以外の人生について語った唯一の言葉だったかもしれない。