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甲子園の風BACK NUMBER
立浪和義はPL時代「甲子園決勝の朝も欠かさず草むしり」 名将・中村順司75歳が思い出す“一度だけ叱った日”と春夏連覇伝説
posted2022/04/24 11:01
text by
間淳Jun Aida
photograph by
Sankei Shimbun
帽子を取って、背筋を伸ばす。呼吸を整えて深々と一礼してから、グラウンドへ歩を進めた。甲子園の歴史に名を刻んだ名将は、指導者を離れても野球への向き合い方に変化はなかった。
4月中旬の週末、中村順司さんは自宅のある川崎市から160キロほど離れた静岡市にいた。15年以上前から親交があり、2020年から東海大静岡翔洋高校の女子硬式野球部監督を務める弓桁義雄さんに部員の指導を依頼されたためだった。
時々、知り合いの小・中学生の指導を頼まれることも
弓桁さんは同校の男子硬式野球部監督や、東海大静岡翔洋中学の軟式野球部監督を歴任。軟式野球部では全国制覇も果たしている。体に負担をかけない理にかなった中村さんの指導法を参考にし、教示を受けてきた。
中村さんは監督としてPL学園の黄金期を築き、歴代3位となる甲子園通算58勝を記録した。その後は20年間、母校・名古屋商科大学で監督や総監督を務め、2018年に指導者の道を退いている。
「特別な活動はしていません。高校野球の解説をしたり、時々、知り合いの小・中学生の指導を頼まれたりすることはあります。依頼されて、選手や指導者の参考になるなら、もちろん力になりますが、自分の経験や知識を広めたいという思いはありませんよ」
中村さんは笑みを浮かべて穏やかに語る。だが、選手が目に入れば、自然とスイッチが入る。あいさつに来た女子選手に声をかける。
「首の骨が何本あるか知ってる? 頸椎と言うんだけど、7つあるんだよ」
中村さんは、あばら骨や腰の骨の本数、関節の動きについて説明する。正しく体を使わなければ故障につながり、努力が結果につながりにくくなるためだ。PL学園の監督時代から、その考え方は変わっていない。
75歳の今、思い出す教え子の話
何気ない動きにも意味を持たせる。守備に就く時は、右利きの選手には右手でグラブを持つように伝える。
普段はグラブを左手につけているため、体がグラブの重さで左側に傾いているという。体のゆがみを防ぐ些細な習慣がパフォーマンスの差になると説く。キャッチボールやトスバッティングの指導でも、重視するのは体の仕組みに合わせた無理と無駄を省いた動き。時に、自らグラブやバットを手にして実演する。75歳という年齢を忘れさせる体力と熱意。3時間の指導で、一度も座ることはなかった。
椅子に腰を掛けたのは練習後、かつての教え子の話をした時だった。