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佐々木朗希が投げなかった最後の夏「聞きたかったんですけど…やめました」“仲間”と“怪物”の狭間で揺れた大船渡ナインの本音
posted2022/04/24 06:00
text by
鈴木忠平Tadahira Suzuki
photograph by
Asami Enomoto
160キロの感触はまだ左手にあるのだろうか。2020年夏、及川恵介はもう捕手ではなかった。丸刈りだった髪が伸びた、東北学院大学1年生だった。
「野球はやめました。去年夏の大会が終わってどこの大学からも話がなかったですし、そんな実力もないかな、と自分で思ったので。迷いは……ないですね、今は……」
令和の怪物と言われる佐々木朗希とバッテリーを組んだ相棒は、去年のあの試合を最後に野球をやめた。あの試合とは、岩手から全国へ「高校野球とは何か」「甲子園とは何か」を問いかけた夏の決勝戦である。
「あの試合を消化できたという感覚は今もないです。負けたのを朗希が投げなかったせいにするのは申し訳ない。ただ同じ負けでも朗希が出て負けたなら、しょうがないって開き直れたかなと……。大船渡としてベストを尽くしたのかなと今も疑問です」
1年前は口にできなかった、ひとりの球児としての思いである。
「きょう朗希、先発じゃないよ」
2019年7月25日。大船渡高校は甲子園まであとひとつに迫っていた。
まだ原石だった佐々木が「一緒に野球やろう」と呼びかけて集まった地元・気仙地区の仲間たち。野球エリートのいない県立高がエース佐々木の成長とともに、夢へ手が届くところまできた。そして決勝戦で横綱・花巻東に挑む。そんな試合だった。
ただ、試合前の練習中、メンバーのひとりが言った。『きょう朗希、先発じゃないよ』
「大船渡はホワイトボードにその日のメンバーが書き出されるんです。僕もみんなもそれを聞いて初めて知りました」
先発ピッチャーは、この大会で初登板となる控え投手だった。