それだけではない。追い込みをかけている最中に、ハードワークの影響で2回ほど倒れかけた。弘幸会長は「休むか？」と中断を促したが、風音は「大丈夫です」と呟きながら練習を再開した。

　弘幸会長は胸を打たれた。

「もうね、アイツはそういう面に関していえば、ホント尊敬に値するものを持っている。普段はボーッとしているので、そういうふうには見えないですけどね」

　だからこそ風音のトーナメント優勝には人一倍感動したし、うれしかった。そんな風音に対して「楽勝」と思っている天心を弘幸会長は許せない。

「いくら息子だろうと関係ない。負けないファイターなんていない。『お前が言っていることは100％正しくない』と言ってやりたい」

那須川弘幸会長は、本気で天心を倒すべく風音を鍛え上げている　©Koji Fuse

変化した那須川親子の関係「お前のことはもう見ない」

　弘幸会長は3年ほど前から判定決着が多くなってきた天心の闘い方に大きな変化を感じている。

「倒せなくなってきたじゃないですか。スアキム戦（2019年7月）のあとあたりから、リスクを背負って踏み込めなくなった」

　確かに圧倒はするけど、倒さない試合が多くなってきたことは事実……と相槌を打つと、弘幸会長は「僕はそれではダメだと思っている。だから言い争いもした」と続けた。口論がエスカレートすると、弘幸代表は天心にこう告げたこともあった。

「俺は、お前のことはもう見ない」

　自分と一緒に作ってきた倒すスタイルを封印しつつあることには、首を傾げるしかなかった。

「天心はリスクをとらなくなった。だったら好きにやればいいということです。何が原因でそうなったのかはわからないけど、一度は（トレーナーと選手の関係を完全に）解消しようとさえ思いました」

　天心には天心の言い分があることは百も承知ながら、風音とは別の意味で弘幸会長の心は揺さぶられていた。

　先日、弘幸会長は風音を引き連れ、大阪を訪れた。「天心を倒すなら」と、風音の親友・政所仁や“武尊に唯一KOで勝った男”京谷祐希が協力を申し出たのだ。

「やってきたことは本人にリターンして返ってくる。だからこそまわりから応援してもらえる。RISEの選手たちの中にも『風音に勝ってほしい』と願っている人はいるはず。僕らはその想いに応えたい」

　神童が幼少の頃から指導している弘幸会長にとって、その長所と短所を知り抜いていることは大きなアドバンテージだ。

「一番怖い人間は一番近くにいるということ。今回は天心を崩しにいきます。風音だったら、それがギュッとできると思う」

　ホームリングでの卒業マッチながら、今回ばかりは天心がヒールになるのか。3月24日の公開練習で、天心は「風音と同じ次元では闘わない」と宣言している。