アメリカにもサイ・ヤングという大投手がいる。500勝投手サイ・ヤングはその剛速球から「サイクロン」と呼ばれたのがはじまりだが、稲尾は「風貌が動物のサイに似ているから」ついた愛称だった。茫洋とした風貌の稲尾は、性格的にも穏やかで誰からも好かれる人柄だった。中西太、豊田泰光の両雄は反りが合わなかったが、稲尾に言われると「サイがいうなら仕方がねえな」ということを聞いたという。

「ゴジラ」の監督が稲尾の半生を映画にした

　1958年、東宝で、稲尾和久の半生を描いた映画の話が持ち上がった。『鉄腕投手 稲尾物語』。監督は「ゴジラ」で有名な本多猪四郎。何と稲尾和久本人に主演のオファーがあった。父親役は名優・志村喬、母親役は朝の連ドラ「おちょやん」のモデル浪花千栄子。九州、大分県が舞台であるにもかかわらず浪花千栄子は「和久、がんばらなあきまへんで」とべたべたの関西弁だったが――稲尾は、自然な演技で見事に主演を演じきった。

　稲尾は優しく、親切なだけでなく、芝居のできる腹の据わった人物だったのだ。

　1973年には金田正一監督率いるロッテと「遺恨試合」を演じた。「今日も博多に血の雨が降る!」という物騒なタイトルでお客を集めたが、これは金田と稲尾が仕組んだ「客寄せ芝居」だった。稲尾は“名優”でもあったのだ。

　ライオンズ監督を退任後は解説者となったが、柔らかい口調、ユーモアもあり、とりわけ縁もゆかりもないはずの関西で好評だった。

　稲尾は、一時期中日の投手コーチをしたのち、1984年ロッテ・オリオンズの監督となる。

　なお監督を引き受けるに際し、ロッテが2年後に九州に移転をすることを条件にしている。ライオンズが福岡から埼玉・所沢に移転して5年、稲尾は九州の国会議員など有力者を説得して「九州への球団誘致」活動をしていたが、ロッテがそれに乗った形だった。

落合と銀座に繰り出した際の会話内容とは

　監督就任記者会見、激励会の後、稲尾はコーチ陣を引き連れて銀座に繰り出した。「一緒に行っていいですか？」と言ったのが、主力打者の落合博満だった。

　落合は酒の席で

「監督は管理野球ですか？」と聞いた。

「管理野球って何だ？」

「西武の広岡達朗監督がやっている野球です」

「俺は西鉄ライオンズ育ちだから、そんな野球はしない」

　今度は稲尾が落合に聞いた。

「これに勝てば優勝という試合で9回の1アウト1塁、点が入ればサヨナラだ。お前はどうする？」

「そりゃバントでしょう、1点入れれば勝つんだから」

　落合はしれっと言ってのけた。

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