「帯刀監督から『選ばれた』という話をされて。まずはチームが優勝候補だったので、そこに貢献する走りができればと思いました。あとは、初めての全国大会だったので、強いランナーたちとようやく勝負ができる。高校最後のレースになるわけですから、とにかく後悔だけはないようにと思っていました」

　長野県チームのコーチでもあった帯刀も、花岡の好調ぶりに胸を熱くしていた。

「ようやく彼を全国の舞台で走らせてあげることができる――そんな想いでした」

　年末からは候補選手を集めた合同練習も行われていたが、花岡は好調を維持していた。トレーニングでも上位でゴールすることが多く、「普通にいけば1区か5区の主要区間を走ることになる」と言われていたという。

　花岡の「初」の全国デビューは、もうほんの目の前まで来ていた。

　広島県の湯崎英彦県知事が、新型コロナウイルスの感染拡大を理由に都道府県対抗男子駅伝の「中止」を発表したのは、年が明けて2週間後のことだった。

「取り戻せない1ページ」卒業後は東海大へ

　卒業後、花岡は東海大への進学が決まっている。

「中学生の頃、初めて見た箱根駅伝で優勝したのが東海大だったんです。その憧れの気持ちが大きくて」

　もちろんこれだけのタイムを持った選手だけに、複数校から声はかかった。条件面も様々あっただろうが、それでも中学時代の原点の気持ちを大切にしたという。

「実績的には他の選手に負けているかもしれませんが、気持ちでは負けていないつもりです。1年目から活躍して、箱根とかで有力選手たちと勝負するのが今から楽しみですね」

　記録的にはチームの“ドラフト1位”での進学ということになる。一方で、全国的な競技実績は皆無という、不思議な形での入学となりそうだ。

　新型コロナに振り回されたこの1年間を、いま花岡はどんな風に振り返るのだろうか？　

「なんとも言えない1年間でした。記録は出せたけど、全国で勝負するという自分の目標は叶えられなくて」

　1年生の時は、あと一歩でインターハイに届かなかった。それでも「まぁ来年もあるしな」と思っていた。

「そしたら2年生の時は、大会自体がなくなった。3年生の年は『最後の年だから絶対に』と思ったらこんなことになった。やっぱり『次があるから』じゃダメなんです。いつでも、その瞬間に終わっても後悔がないようにやるべきだったな、と今は思います」

　コロナ禍という特殊な状況下だ。大会の中止や、参加の禁止は決して責められるものではないし、感染拡大を防ぐためには間違っていないことはよくわかる。ただ、誰も先が見えない未知の状況の中で、監督の帯刀が言った「取り戻せない1ページ」を抱えた高校生は花岡以外にも全国に多くいるのだろう。

　彼らはこの先、失った1ページの先にどんな物語を描いていくのだろうか？　振り返った時、その白紙のページはどんなふうに見えるのだろうか。

（写真＝末永裕樹）