「でも打てなかったね（笑）。ピンポン玉が上がってくる感じ。このピッチャーとあと2年もやるのかと思うと、何とかして打たなきゃってファイトが湧いてきました」

　下野新聞によれば、パーフェクトを達成した1年生は「白い歯を見せただけで喜びを表には現さない」。また「現在の江川は威圧感にとぼしい」とも記者は書いている。なお伸びしろを感じさせての大記録だった。

　2年春、烏山のグラウンドに江川作新が練習試合にやってきた。烏山は21三振を喫し、0－1で完封負け。この試合、終盤に代打で出た堀江隆が振り返る。

「江川のストレートが私のこめかみに直撃しましてね。脳震とうみたいな感じになりながらも一塁まで行きました。当たる瞬間、とっさに出した左手に球がかすったんでしょう。ベース上でふと左手の甲を見たら、ボールの縫い目の形に血が滲んでいました。それを見た時はぞっとしましたねえ……」

　死球の瞬間を目撃した棚橋によれば、「ヘルメットが真っ二つに割れた」という。

カベでも打ってるような感じでした

　2年の夏休みの練習試合も忘れがたい。直前の県大会で3試合連続ノーヒットノーランをやってのけた江川は地元ではヒーローだった。作新のグラウンドには大勢の観客が集まっていた。堀江が思い起こす。

「江川が先にブルペンで投げててね。『横、空いてるからどうぞ』って言われたんだよ。私、キャッチャーやってたんで、アップしようと思ってうちのピッチャーを呼んだら『隣で投げるのは嫌だ』って言い出して。人目も多かったし、そりゃそうだよね」

　準備不足がたたってか、烏山は0－15で大敗した。堀江は手の感触をなつかしむ。

「ファウルした時の衝撃っていうのは……カベでも打ってるような感じでした」

　棚橋は、同い年の怪腕が投げる試合には授業をサボってでも駆けつけた。研究のためであり、ただ見たいからでもあった。

　食い入るように見続けて、空振りはほとんどが高めのボール球だと気づいた。棚橋が編み出した江川攻略法はこうだ。

「1球目から全部打ちにいく。ただ自分がストライクと思ったらそれはボールだから、バットを止める。だから打ちにいった体を止めるために腹筋と背筋を鍛えました。自分の考えるゾーンより一つ低めにきた時にだけ、そのままバットを出して叩いていく」

褒められたんだ、「三振10個だけだよ」って

　公式戦2度目の対戦は2年秋、勝てば関東大会進出の決勝戦だった。棚橋が言う。

「レフトオーバーの二塁打を打ちました。もう一本、もっといい当たりを打ったんだけど、外野が深かったから捕られちゃった」

　研究はたしかに生きた。棚橋にとってはいまなお人生の殊勲打だ。しかし散発2安打10三振で7－0の完封負け。堀江が笑う。

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