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イチロー「マイナスの期待が僕にとってはアツい」2004年、伝説の“シーズン歴代最多安打”は誰にも止められなかった
text by
小西慶三Keizo Konishi
photograph byNaoya Sanuki
posted2021/12/16 11:06
シーズン歴代最多安打記録を84年ぶりに更新した2004年シーズンのイチロー。
高津臣吾「打たれないようにするには、対戦しないことしかない」
終盤戦はイチローの打率がマリナーズの勝率を上回るという珍現象も見られた。9月2日には初の月間MVP獲得。決定は敵地ブルージェイズ戦プレーボール直前だったため、受賞を知らないままシーズン30度目の1試合3安打をマークした。
「負けているチームから選ばれないルールがあると思っていました。そうでなくて安心したわ」
5月、7月の50安打ではいずれも選ばれなかったが、プレーオフ進出に最も大事と言われる8月に、それも低迷チームからの選出だ。この時点で打率は左右投手別、敵地、得点圏、デーゲーム、ナイターの各部門でリーグ1位。スカイドーム(現ロジャース・センター)周辺では、ブルージェイズ発行の公式プログラムの表紙にイチローが大写しになっていた。
9月4日、シカゴでのホワイトソックス戦では異例のスタンディング・オベーションを受けた。9回1アウト一塁からライト前ヒットで5打数5安打とした直後、敵地ファンから総立ちで拍手を贈られた。
「どうすればいいのか、ちょっと困りましたが嬉しかった」
一塁上で、遠慮がちにヘルメットをとった。この試合は先発左腕マーク・バーリーから1、2打席目で内角球を流し打ち、3打席目は5つの球種をことごとくファウルした末の10球目、突然サイドスローから投げられたスローカーブをライト前に巧打した。バーリーは4打席目にセンター前ヒットを喫した直後、「生まれて初めて」キャップをとって降参ポーズ。ホワイトソックスのブルペンで待機していた高津臣吾は「人の考えを超える技術を持っている。打たれないようにするには、対戦しないことしかない」と真顔で話した。
「マイナスの期待が僕にとってはアツい」
イチローの挑戦をくさすような記事も出てきた。スポーツ専門局FOXのHPは「いい選手だがMVPにはふさわしくない」とのコラムを掲載。このコラムの執筆者は過去にも「イチローは過大評価されている選手1位」と書いたライターで、「両翼を守る外野手にしては長打力が低い」との持論を展開した。これには「野球は単なる力のゲームではない」「長打の見栄えより確率の高い選手を選ぶのは当然」と反対意見が多く寄せられ、同局は翌日にそれらを載せる特例措置をとったほどだった。
「いろんなことをやったらやったで、喜んでくれる人たちがいる。その一方で、“失敗しろ”と思っている人たちも、多分たくさんいる。そんなマイナスの期待が僕にとってはアツいんです」
“イチロー・シフト”に敬遠、それが「面白い」
9月9日からのレッドソックス4連戦では、一、二塁間と三遊間を極端に狭めた“イチロー・シフト”が試された。同13日からのエンゼルス、アスレチックスとの10試合では両チームが首位を争っていたこともあり、計5度も敬遠された。大詰めで立ちはだかったこれらいくつもの壁も、「こういう状態でプレーできる人は限られている。自分のチームがめちゃくちゃに勝っている中で同じ状況になることよりも、ひょっとしたら幸せなのかもしれない」と受け止めていた。