- #1
- #2
Number ExBACK NUMBER
イチロー「マイナスの期待が僕にとってはアツい」2004年、伝説の“シーズン歴代最多安打”は誰にも止められなかった
text by
小西慶三Keizo Konishi
photograph byNaoya Sanuki
posted2021/12/16 11:06
シーズン歴代最多安打記録を84年ぶりに更新した2004年シーズンのイチロー。
「野球はドキドキできるから面白い。実際につらかったり、苦しかったりするときもあるけど、そういう気持ちがなければドキドキできない」
そう聞いたのは、9月24日のランチ後だ。レンジャーズ本拠地球場に近いカフェ。9月半ばから骨盤に違和感を覚えていたが、いつも通りのふるまいで周囲に悟らせなかった。あらゆる種類の注目と逆風をエネルギーに換え、イチローは金字塔への距離を着実に縮めていった。
「大阪ドームを『タコ焼きドーム』に改名すればいい」
ジョージ・シスラーの257安打まであと2本に迫った、9月29日アスレチックス戦後の夕方。イチローはサンフランシスコの鮨屋で仰木彬氏と会食していた。この日、仰木氏の2度目となるオリックス監督就任が一部スポーツ紙で報じられた。かつての恩師のイチローへの眼差しが、とても眩しそうだった。
「また(オリックスを)盛り上げるのに、何かいいアイデアがあるやろうか」
そんな仰木氏からの問いに、イチローが答えた。
「大阪ドームを『タコ焼きドーム』に改名すればいい」
「鈴木一朗」を「イチロー」として生まれ変わらせたのは監督じゃないですか、とでも言いたげだった。いたずらっぽい笑みに、大記録を目前にした重苦しさは伝わってこなかった。
シーズン歴代最多安打、新記録の瞬間
そして、10月1日がやってきた。
「どうやって自分が反応していいのか、確かに難しかったです。そこはもう自分の感情に任せました」
1打席目にレフト前ヒットを放って257安打に並ぶと、セーフコ・フィールドの左翼席後方から何発もの花火が打ち上げられた。2打席目のセンター前ヒットで258安打とし、再び大量の花火が上がる。立ち込める煙の中、84年ぶりに新記録を樹立したイチローはダグアウトから飛び出してきたチームメイトらにもみくちゃにされた。
「これだけ負けたチームにいながら、最終的にこんなに素晴らしい環境の中で野球をやれている。勝つことだけが目標の選手なら不可能だったと思います」
一塁側最前列の席では、シスラーの長女ら親族が穏やかな笑みでイチローをじっと見つめていた。孤独な戦いに勝ったヒーローは込み上げる思いを抑えて駆け寄り、「シアトルまでわざわざ来ていただいてありがとうございました」と礼を述べるのがやっとだった。<続く>