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イチロー「マイナスの期待が僕にとってはアツい」2004年、伝説の“シーズン歴代最多安打”は誰にも止められなかった
posted2021/12/16 11:06
text by
小西慶三Keizo Konishi
photograph by
Naoya Sanuki
2001年から19年間にわたるメジャーリーグでの戦いを克明に記録した『イチロー実録 2001-2019』より、シーズン歴代最多安打記録を更新し、首位打者にも輝いた「2004年シーズン」の章の一部を特別に紹介する。(全2回の1回目/イチローと高校野球編へ続く)。
最下位チームのたった一人の戦いが、消化試合を熱くしていた。
「僕たちプロは勝つため“だけ”にやっているわけではない」
その言葉の意味を、何度も思い知らされた、8月下旬からの数週間だった。
カーテン・コールに初めて応えたのは、4年連続200安打をホームランで決めた夜だった。8月26日、シアトルでのロイヤルズ戦。9回先頭打者での初球、左腕ジェレミー・アフェルトの真ん中低め156kmを叩いた。その日の最後の打席を見届けようと残っていた、3万人以上もの地元ファンが立ち上がって手を叩き始めた瞬間、バックスクリーン右へ弾丸ライナーが飛び込んでいく。数分後、大歓声とチームメイトに促されたイチローがベンチ前でヘルメットを掲げていた。
「どういうこと? 打ったときのバットじゃないよね? 図々しいけど面白いヤツだな……」
試合後、被弾したアフェルトが「サイン入りバットが欲しい」と話したのを日本人メディアから伝えられ、楽しそうに言う。打った者だけでなく、打たれた者もその1安打が球史にかかわる実感を共有し始めていた。
「それはアツい。だいぶ……アツいですね」
8月28日のダブルヘッダー2試合目に30個目の盗塁を決め、20世紀以降では初となる新人から4年連続200安打&30盗塁。この日の2試合4安打で、5月、7月に続き8月の50安打以上も確定した。最終的に8月は自己最多、メジャーでは66年ぶりの月間56安打。公式戦31試合を残し、前年の212安打に並んだ。
2カ月連続50安打、そして同一シーズンで月間50安打以上が3度――これはメジャーリーグ公式記録を専門に扱うELIAS社が2日以上かけても、いつ、誰が達成して以来で、史上何人目なのかを探し出せなかった。記録を扱うプロもイチローに追いつけないなか、「月間50安打記録の専門家」を名乗る人物まで登場した。マリナーズ広報部に電話で資料提供を申し出たのは、カリフォルニア州在住の記録マニア、デービッド・ステファン氏だ。その資料によれば年間3度は史上初、史上最多は月間67安打でタイ・カッブが2度、トリス・スピーカーが1度マークしていたという。
カッブやスピーカーが活躍した1910年代から20年代は変化球の種類も少なく、飛ぶボールが導入されたことで打撃成績全般が一気に向上した時代だった。ファウルをストライクに数えたり、3バント失敗で三振になることがルール化されるなど、現行の基本ルールが定められた時期とも重なる。
「それっていつの時代の記録ですか? 当時と今ではルールも違っているだろうし、もし僕がひと月で67本も打てたら野球やめちゃいますよ」
そうおどけたイチローだったがその約1世紀後、2004年7月18日からの29試合で67安打を放っていた。「実はあなたも実質的に、ひと月で同じ本数を打っている」と教えると、急に考え込む顔になった。
「それはアツい。だいぶ……アツいですね」