ひと息つき、黒坂が感情を呼び覚ます。

「まあ、高校生が成長しながら夢を叶えたりするっていうのは感動するし。苦労をかけられたひとりでもあったので、吉野は（笑）」

　吉野は導かれるように昌平へ進学したわけではなかった。交差点の中心で悩み、自らの意志で道を決めた。だからこそ、今がある。

甲子園出場経験がない高校に進学した理由

　中学3年。東京城南ボーイズのキャッチャーとして全国大会ベスト8と、実績を携える吉野は強豪校からも誘いがあったという。それが、甲子園出場経験のない昌平を選んだのには明確な訳があった。

　まずは黒坂の存在だ。

「高卒でプロも狙える力を持っている。うちで一緒に頑張らないか？」

　全国大会が行われた大阪にもプレーを見に来るほどの熱意に、吉野は心を揺り動かされる。

　そして、野球部の雰囲気にも好感を持てた。体験入学では先輩が優しく接し、チームも明るかった。ここなら――吉野は決断する。

「すごく野球がやりやすそうな環境だと感じました。技術もそうですけど、やっぱり気持ちの面が自分は一番波があったんで。そういうところを直していけば野球のパフォーマンスも変わってくるだろうし、『ここなら、中学時代の自分を変えられそうだし、才能を開花させてくれるんじゃないか』って」

監督は戦慄した。「モノが違う」

　高校入学直後、打撃を生かすため黒坂の提案でキャッチャーから外野へコンバートした吉野の力は、やはり本物だった。

「バッターとして器が大きい。モノが違う」

　1年生の8月。越谷市民球場で行われた新人大会の越谷南戦で、ライト、右中間、レフトと広角に3本塁打。監督に戦慄が走った。

「『これから大変になるぞ』と思いましたね。本人はおそらく、この時はまだ思い切りの良さだけでプレーしていましたし、何にも考えていなかったでしょうけど、僕としては『プロに行かせないとダメだ』と」

　ふたりの手応えがリンクする。

　実は吉野もこの時、「もっとバッティングを自分のものにできれば『行けるな』って確信が持てました」と、闘志に火を付けていた。

　吉野に言わせれば、越谷南戦での打撃は下半身の使い方からバットの出し方、スイングの軌道まで「完璧」と自賛できるほどだった。この打撃は、それから彼の基準となった。

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