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引退に揺れるアテネ金メダリスト…「二度と話しかけるな」「結構です!」ガトリンと“殴り合い寸前の大喧嘩”をした話
text by
及川彩子Ayako Oikawa
photograph byGetty Images
posted2021/09/29 11:05
東京五輪で史上最年長金メダルを目指していた39歳のガトリン。6月の全米選手権決勝で敗れ、4度目の五輪出場は叶わず、現在は自身の進退に揺れている
100m決勝でフォームが乱れ、ボルトに敗れたガトリンに対して薄ら笑いをしたり、あからさまに「ざまあみろ」と言う報道陣もあった。そういった対応が、負けたことと同じくらいショックだったと後から教えてくれた。
2017年ロンドン世界陸上で金メダルを取っても、観客からブーイングが飛び、記者からは執拗にドーピングのことを追及された。
「優勝タイムがあまりよくないのは、あなたがドーピングしていないからですか」
「みんなあなたのことが大嫌いですが、それを感じていますか」
報道陣の質問がただの攻撃なのか、事実を知りたいという期待なのかは分からない。
2度目のドーピングは、トレーナーが禁止薬物の入ったクリームを使ったからと、自身の関連を否認している。真相は藪の中で、それが明かされることはないだろう。
「あの時は腹が立って仕方なかった。でも…」
ロンドン世界陸上後、ガトリンに突然、こう切り出された。
「あの喧嘩、すごかったよね」
こちらも苦笑しながら答える。
「あれはすさまじかったね。殴り合いになるかと思った」
その光景を思い出し、しばらく懐かしんだ後、ガトリンが続けた。
「あの時(2011年の取材)は腹が立って仕方なかった。なんでそんなこと持ち出すんだと思った。でも復帰直後にガツンと質問して、責め立てたのは君だけだ。すさまじい喧嘩だったけど、その後、君はその質問をしなかった。フェアだと思った。今さらだけど、感謝している」
処分期間を経て競技に復帰し何年も経ってから同じ質問をするのは、果たしてフェアなのか。それとも真実を語るまで追及し続けるべきなのか。正解がない問いだ。
来年は米国で初めて世界選手権が開催される。家族や友人に晴れ姿を見せるチャンスになる。本人はまだ覚悟は決まっていないようだが、おそらく世界選手権を目標に再始動するのではないかと思う。
ガトリンの長くそして起伏の激しい陸上人生がどのように幕を閉じるのか。陸上の神様は最後に彼に微笑むのだろうか。最後まで見届けたい。