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33年前、東京ドームのこけら落としはマイク・タイソンだった?…では東京ドームで最初に投げた“意外な”ピッチャーは? 

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細田昌志

細田昌志Masashi Hosoda

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photograph bySankei Shimbun

posted2021/06/22 17:00

33年前、東京ドームのこけら落としはマイク・タイソンだった?…では東京ドームで最初に投げた“意外な”ピッチャーは?<Number Web> photograph by Sankei Shimbun

1988年03月21日、東京ドームで行われた世界ヘビー級タイトルマッチ「マイク・タイソン対トニー・タッブス」。2回KOでタイソンが勝利した

 ちなみに、東京ドームにとって初めてのプロボクシング興行となった前出の「マイク・タイソン対トニー・タッブス」だが、この2年後、タイソンがキャリア初のKO負けを喫した「統一世界ヘビー級選手権タイトルマッチ・王者マイク・タイソン対挑戦者ジェームス“バスター”ダグラス」(1990/2/11)以降は一度も行われていない。

 また、東京ドーム以外で行われたプロボクシングのドーム興行も、「WBC世界バンタム級タイトルマッチ・王者ウィラポン・ナコンルアンプロモーション対挑戦者辰吉丈一郎」(1999/8/29・大阪ドーム)を最後に現在まで開催されていない。プロモーターのボブ・アラムが「村田諒太とミドル級統一王者のゲンナジー・ゴロフキンの一戦を東京ドームで行う用意がある」と言明して3年が経つ。正式発表が待たれるところだ。

プロレスの初お目見えで「アントニオ猪木が完敗」

 プロボクシングと対照的に、現在まで幾度となく行われているプロレス興行の初お目見えは、オープンから1年後、新日本プロレス主催「格闘衛星☆闘強導夢」(1989/4/24)が嚆矢となる。メインイベントは「アントニオ猪木対ショータ・チョチョシビリ(旧ソ連・柔道五輪金メダリスト)」。猪木が裏投げの連発を食って完敗という意外な幕切れだった。

 その後は新生UWF主催「U‐COSMOS」(1989/11/29)が続く。メインは「前田日明対ウィリー・ウィルヘルム(オランダ・柔道世界選手権銀メダリスト)」。前田が膝十字固めで一本勝ちを収めている。

 かつての師弟が東京ドームという大舞台で、ともに柔道家と戦ったのは、ドームの真裏に柔道の総本山「講道館」のビルが聳え立っていることも含めて興味深い。講道館柔道の創始者嘉納治五郎は二つの「プロレス対柔道」を観て、草葉の陰から何を思っただろう。

59年前、後楽園ホールのこけら落とし

 東京ドームに隣接する青いビルの5階と言えば“格闘技の聖地”後楽園ホールである。収容人数1637。大会場とは到底言い難いが、オープンから現在に至るまでプロボクシングの常打ち会場であり、拙著『沢村忠に真空を飛ばせた男/昭和のプロモーター・野口修評伝』(新潮社)でも詳述したように、前出の田辺宗英の「野球場のすぐそばに拳闘の常設会場を造りたい」という積年の願望が形になった、大義ある“闘技場”である。

【次ページ】 なぜプロレスも後楽園ホールを使うようになったか

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