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安藤美姫の“出産報道”、千葉すずバッシング…なぜ日本の女性アスリートはスキャンダルの対象になってきたのか? 

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近藤正高

近藤正高Masataka Kondo

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posted2021/02/28 17:03

安藤美姫の“出産報道”、千葉すずバッシング…なぜ日本の女性アスリートはスキャンダルの対象になってきたのか?<Number Web> photograph by AFLO

1992年バルセロナ五輪、1996年アトランタ五輪に出場した千葉すず

 コラムニストのナンシー関はかつて千葉すずがバッシングされたとき、その理由を、《視聴者(本来はもちろん観戦者であるが)が勝手につくった「感動をありがとう」に着地するはずの物語に乗ってくれなかったからである。感動という快楽を享受というより貪るためにつくった物語に、千葉すずは収まってくれなかったのだ。それで怒ってんだ》と喝破してみせた(『Number』1996年9月12日号)。

 その後、千葉は、2000年のシドニー五輪の代表選考に漏れたことを不服とし、日本水泳連盟にその理由の説明を求めて、スポーツ仲裁裁判所(CAS)に訴えた。結局、訴えは却下され、五輪出場の道は断たれたものの、同時に水連に対しても彼女への賠償金を命じる裁定が下された。このとき、メディアは一転して千葉を「悲劇のヒロイン」に仕立て、水連との対立を煽ったが、彼女はその物語に乗るのを拒み、裁定が出るとすぐ拠点としていたカナダへ戻って行った。

本橋麻里「五輪に振り回されすぎてはいけない」

 人々が、感動の物語をアスリートに見出し、貪るように消費する風潮はいまだに変わらない。とりわけ女性は男性よりもその対象になりやすい傾向があるように思う。だが、当のアスリートたちには、現役を終えてもなお、それぞれの人生がある。高齢社会にあっては、その後の人生のほうがはるかに長いのだ。そのなかでスポーツは、競技とはまた違う形で生きる糧にもなるはずだ。

 本橋麻里は著書のなかで後輩たちに向けて、《自分の人生を削り、擦り減らすようにカーリングに向かってほしくない》、《むしろ、人生を豊かにするツールとしてカーリングを活用してほしい。五輪だけに向かって燃え尽きてほしくないし、スポーツに、五輪に振り回されすぎるようなことがあってはならない》と呼びかけ、カーリングはあくまで長い人生の一部と位置づけている(本橋、前掲書)。

 本橋は、チーム青森のメンバーとして2006年のトリノ五輪に続き、2010年のバンクーバー五輪に出場したあと、出身地である北海道の北見市常呂町でロコ・ソラーレを結成する。それから平昌五輪でメダルを獲得するまでには、結婚して出産による活動休止を経て復帰し、子育てをしながらチームを率いてきた。母親となったアスリートが冬季五輪でメダルを獲るのは、日本選手では初めてだった。

千葉すず「エンジョイしてます」

 そのような生き方は、カーリングという競技人生が比較的長いスポーツだから可能なのかもしれない。だが、彼女のようなベテランの存在からは、若いアスリートが学ぶところも大きいはずだ。事実、1964年の東京五輪における小野清子もそうした役割を果たしていた。最近でいえば、女子バレーボールの日本代表としてロンドン五輪での銅メダルなどに貢献した荒木絵里香(1984~)が、結婚・出産後の現在もVリーグで活躍するなど、カーリング以外の競技でも息長く活躍する選手がここへ来て目立ちつつある。

 残念ながら、現役引退後、日本代表やトップリーグの指導者に転身する女性アスリートはまだごく少数である。だが、引退後もなお自分のやってきたスポーツとかかわりを持ち続ける元選手は、昔からけっして少なくはない。前畑秀子は、子供が手を離れた50歳をすぎて、名古屋市が新設したプールで水泳教室を実現させ、後半生は市民の指導に力を注いだ。河西昌枝ら、かつての「東洋の魔女」も、ママさんバレーボールというジャンルを立ち上げ、講習会を通じて主婦たちにバレーの楽しさを伝えた。

 千葉すずもまた、引退後、身障者と健常者が一緒に泳げる水泳教室などの活動をいまなお続けている。さすがにコロナ禍のため、なかなか活動できない状況のようだが、昨年、旧知のスポーツカメラマンである藤田孝夫が彼女に連絡をとり、「コロナでキツいでしょ?」と訊ねたところ、「全然キツくないですよ、エンジョイしてます」との答えが返ってきたという(「NumberWeb」2020年6月15日配信)。この「エンジョイ」は、現役時代の「楽しむ」とはまた別の意味を持つに違いない。

(【前回を読む】「東洋の魔女」生理でも練習させて…当時も賛否両論 日本の女性アスリートは“誰と”戦ってきたか? へ)

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