情熱のセカンドキャリアBACK NUMBER
WBO王座防衛戦で「急性硬膜下血腫」、23歳で引退に追い込まれ…山中竜也25歳は今なぜオニギリを握るのか
text by
二宮寿朗Toshio Ninomiya
photograph bySANKEI SHINBUN
posted2021/02/23 06:00
2018年03月18日、WBOミニマム級タイトル戦で王者・山中竜也(左)はモイセス・カジェロスにTKOで勝利し、初防衛に成功。この約5カ月後に引退するとは誰も想像できなかった
一生懸命のその先を行ってこそ対価が得られる
先輩の長谷川からのアドバイスを胸に叩き込んでいた。
「ボクシングと同じくらい、しんどくて難しい世界やと思って挑戦しなさい」
分からないことも多い。大変なことも多い。だけど苦しかったボクシングの練習や、減量にも耐えられたんだからと思えば、耐えられた。
一生懸命のその先を行ってこそ対価が得られる。硬くしか握れなかったおにぎりが、米の味を引き立てるべく特訓を重ねることで柔らかく握れるようになった。米、塩、具材も研究した。頭から離れなかったボクシングが自然と離れた。新たに熱中できる新しいものが見つかった気がした。
呑めるおにぎり屋は珍しいとあって反響を呼ぶ。
20種類以上ある具材のなかで玉子の黄身を出汁醤油に漬け込んだ「乱王醤油漬け」が一番人気だとか。現役時代に食べていた玉子掛けご飯からヒントを得た。
口コミで評判が広がり、テレビの情報番組も取り上げてくれた。オープン後程なくして先輩の長谷川が顔を出してくれた。
果たして長谷川穂積の評価は?
評価を聞きたかった、一番の人。ボクシングも長谷川の存在があったから、高みを目指して一生懸命に頑張れた。
「長谷川さんがどんな感想を言ってくれるのかって、もの凄く緊張しましたよ。そうしたら“おいしい”と。それからも毎月1回は来てくれているんです。あのとき長谷川さんにもらったアドバイスがあったから、ハードルを高くして頑張れたし、何があってもへこむこともなかった。本当に感謝しています」
認めてもらえた――。その喜びが仕事に対するさらなる意欲へと変換する。
現役時代と同様に毎日がハードだ。神戸にある実家を出て、店の近くで一人暮らしを始めた。コロナ禍前は午後3時から準備を始め、閉店して自宅に戻るのは午前3時。その間ほぼ立ちっぱなしで作業に追われることになる。