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チアゴ・アルカンタラ&ラフィーニャ兄弟をどうやって育てた? 元ブラジル代表の父・マジーニョに聞いた
text by
エリック・フロジオEric Frosio
photograph byAlex Martin/L’Équipe - Stéphane Mantey/L’Équipe
posted2021/01/10 17:00
リバプールに所属するチアゴ・アルカンタラ(左)と今季パリ・サンジェルマンに移籍したラフィーニャ(右)
怪我に苦しんだバルサ時代から、衝撃の移籍へ
――バルサで能力を存分に発揮できなかったのはどうしてでしょうか?
マジーニョ ルイス・エンリケが監督だった2015年は調子がとても良かった。ところがそこで大怪我(右膝十字靭帯断裂)をして、翌々年にも同じ個所(右膝半月板)を損傷した。さらに2018年には、やはり調子をあげていたときに左膝十字靭帯を断裂した。3度も怪我で長期離脱したら、コンスタントに実力を発揮するのは難しい。
ただそれももう過去の話だ。またセルタに2度目のレンタル移籍する前のインテル・ミラノでは、6カ月とはいえ素晴らしい活躍ができた。PSGとの契約を決意したのは、素晴らしいクラブ、素晴らしい環境で再出発したいという強い思いがあるからだ。ぜひとも良いシーズンを送って欲しいし、新たなチャレンジを生かして欲しい。今はとても意欲に燃えている状態にある。
――誰もが驚いた移籍はどうやって実現したのでしょうか?
マジーニョ すべてはメルカートが締め切られる直前に慌ただしくおこなわれた。大変だったよ。バルサとPSG両クラブの承認が必要で、バルサが移籍を認めたのは本当に最後の瞬間だった。なんとかメルカートの最終日にパリに飛んでサインすることができた。
PSGは良い買い物をしたと思う。ほとんどただに近い値段で、大きなポテンシャルを持ちこれからキャリアの最盛期を迎えようとする選手を手に入れたのだから。ラフィーニャは決して期待を裏切らない。成功するためのすべてを彼は持っているし、勤勉でコンディションも悪くない。PSGは必ず満足すると私は確信している。
――メルカートの最終日以前にはレオナルド(スポーツディレクター。ブラジル代表でのチームメイト)と話さなかったのですか?
マジーニョ 彼とはずいぶん前に話をしたけど、それはチアゴの移籍に関してだった。PSGはチアゴを欲しがったが、そのときすでにリバプールへの移籍が決まっていた。それでラフィーニャを推薦したけれども、当時ラフィーニャはレオナルドのプランには入っていなかった。ただ、興味は感じたようで、獲得する価値があるかどうか真剣に考えたと言っていた。