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188センチGK山根恵里奈が29歳で引退の理由 スペインで言われた「自分を傷つけすぎている」の意味 

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細江克弥

細江克弥Katsuya Hosoe

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photograph byItaru Chiba

posted2020/12/04 17:00

188センチGK山根恵里奈が29歳で引退の理由 スペインで言われた「自分を傷つけすぎている」の意味<Number Web> photograph by Itaru Chiba

今季限りでの現役引退を発表した山根恵里奈。プレッシャーから解放され、取材中には笑顔がこぼれた

「自分で自分を傷つけすぎている」

 2017年10月に合流したスペインのベティスでは、“今”へとつながる大きなカルチャーショックを受けた。

 チームにはメンタルコーチが所属しており、月に何度かアクティビティーが開催された。そこで山根は「自分のことを“いい選手”だなんて思っていない」と発言するのだが、コーチだけでなく、チームメート全員から“総攻撃”を受けることになった。

「みんなドン引きしながら、『は? あなた何言ってるの?』って。『日本代表でしょ? GKは何人?』と聞かれて『3人』と答えたら、『それって日本のトップ3じゃん!』って。『海外でプレーしているのは?』と聞かれて『私だけ』と答えたら、『それってオンリーワンじゃん!』って」

 ある日、スタメンを外された理由を確認するために監督を呼び止めると、スペインでも数少ない女性指揮官マリア・プライから「あなたは自分で自分を傷つけすぎている」とまるで脈絡のない指摘を受けた。

「戸惑いました。この人、何言ってるんだろうって。ベティスにいた約2年間は、ちゃんと理解できなかったんですよ。でも、日本に帰ってきて、自分の中にすっと落ちた瞬間があったんです。あ、そういうことだったんだって。たぶんその感覚も、今回の引退という決断につながっていると思うんですけれど」

 ずっと直面してきた苦しみや悲しみは、その言葉の意味に気づいた瞬間から少しずつ和らいでいった。

「いいんだよ、私はこうなんだって。そう思えるようになった時点で、『あ、勝った』と思いました。誰にだってダメなところはあるのに、そこに目を向け過ぎちゃったところが自分の弱さだった。そこを理解した上で、『私は私。やるべきことはやった』と胸を張って言えるようになった。ちょっと、急なんですけどね(笑)」

今の私ならきっと言い返せる

 J2リーグ第37節、ジェフ千葉対ジュビロ磐田。そのキックオフに先立って、山根恵里奈がピッチに呼び込まれた。順に四方を向いて丁寧に頭を下げ、マイクの前に立つと声を張った。

「大切なことに気づいたのは、キャリア12年目の今年でした。今までずっと気づけなかったことは私にとって最大のミスで、でも、時間をかけて気づけたことが私の一番の強さです。

 せめて自分の目の前にいる人たちには、私と同じミスをしてもらいたくありません。どうか、自分自身のことを大切に思ってください。それが私の最後のお願いです。今日は素敵な時間を作ってくださってありがとうございました。また会いましょう!」

 心の揺れ、すなわちサッカーに対する未練はどこにも見当たらなかった。あまりに爽快な引退挨拶を見守った人たちは、おそらくそう感じながらねぎらいの拍手を贈っただろう。188センチの長身がまっすぐ立つその姿を見て、改めて「デカいな」と思った人も少なくなかったに違いない。

「ハハ。でもいいんです。今の私なら、『山根はデカくて動けない』と言われても『いや、私、動けるから!』って言い返せますから。それに、デカいことがずっとイヤだったけど、デカくなきゃ代表なんて入れなかったので」

 つらいことばかりの12年間だったけれど、積み上げたものはたくさんある。

「すごい時間だったなって。W杯優勝メンバーのレジェンドみたいな先輩たちと一緒にサッカーができて、本当にいろいろなものを見て、勉強させてもらった。それは、今の自分を作り上げる上で大切なものばかりですから。私なんて小さな“おまけ”だったかもしれないけれど、この時代に、同じものを見ることができて本当に幸せでした」

 残す舞台は、“負けたら終わり”の皇后杯のみ。ただし勝っても負けても、自らのラストを笑顔で締めくくれることだけはきっと間違いない。

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