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“史上最強”の韓国を打ち崩したマラドーナ 32年ぶりのW杯で味わった世界との差「あいつは止められない」
posted2020/11/28 11:02
text by
キム・ミョンウKim Myung Wook
photograph by
Getty Images
※時系列、所属などはすべて2010年6月17日発売当時のまま
「メキシコ大会は不安の多い大会でした。本当に知らないことだらけだったんです……。チームの特徴、選手の名前やプレースタイル、世界のレベルと自分たちの実力の違い何もかもが初めての経験。もちろん、アルゼンチンのマラドーナくらいは知っていましたよ」
86年大会で韓国代表MFとしてプレーしたチョ・グァンレは笑って、顔をクシャクシャにさせた。
現在、慶尚南道の昌原市をホームタウンとするKリーグの慶南FCで監督を務めているチョ・グァンレは、現役時代、ボールを扱う技術が高く、視野の広いMFとして“ヨウ(きつね)” と呼ばれていた。それは頭脳明晰な人物を指して使われる愛称で、86年大会でも攻撃の中心としてゲームを組み立て、セットプレーも任されていた。現役を退いたあとはドイツ、イタリア、フランス、イングランドなど欧州各国でコーチングを学び、93年からKリーグクラブで指導者の道を歩み始めた。
「忘れもしないよ、あのときの国内の熱狂ぶりは。なんせ日本を破って32年ぶりに出場を決めたんだからね」
86年のメンバーは韓国史上最高の呼び声が高かった。ブンデスリーガでプレーしていたチャ・ボングン、セリエAからも注目されたストライカー、チェ・スンホ、オランダのPSVで3シーズンプレーした経験を持つホ・ジョンム、そして中盤での華麗なプレーで観客を魅了するチョ・グァンレなど、そうそうたる顔ぶれに、国民の期待は膨れ上がる一方だった。
当時の様子を伝える韓国の新聞には、衛星中継は韓国時間の午前3時から始まり、350万台のテレビで1000万人を超える人たちがメキシコからの生中継を見たと書かれていた。それは国民の4人に1人が見たことを意味する。深夜にもかかわらず電力消費量が伸び、一番喜んだのは電力会社だったという話もあるほどで、国中がお祭り騒ぎとなった。
そんな国民の熱狂に冷水を浴びせたのが、アルゼンチンのマラドーナだった。
スタメンから外されたチョ・グァンレ
「アルゼンチン戦はマラドーナを止めるのが一番の課題でした。自分のプレーがまったくできなくてもいいから、マラドーナを抑えろという指示が出ていました。この試合はホ・ジョンム監督の印象が強いのですが、実は最初にマラドーナのマンマークについていたのは、対人プレーに強いキム・ピョンソクだったんです。監督が守備的な戦い方を選んだため、私はスタメンから外されたんですよ」
チョ・グァンレに代わって先発したキム・ピョンソクだったが、マラドーナの動きを封じることができずに、前半6分、18分と立て続けにゴールを奪われてしまう。2点ともマラドーナのアシストだった。
「小柄なのに相手に競り負けない強いフィジカルとバランス、何よりも左足から繰り出すパスのタイミングは絶妙でした。マラドーナのプレーにベンチにいる選手たちはあっけにとられてしまってね。その5分後、監督が私に大声をかけてきたんですよ。『グァンレ! 早く準備をしろ!』とね。あのときの檄は今でも忘れられません」