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あのとき猪木の舌は出ていなかった。
大どんでん返しのIWGP決勝戦秘話。
text by
原悦生Essei Hara
photograph byEssei Hara
posted2020/06/28 11:00
IWGPリーグ優勝決定戦。リング上で昏倒するアントニオ猪木。セコンド陣が必死に目を覚まそうとしていた。
誰かが猪木の舌を無理やり引き出したのだ。
ルール的にはダメなはずなのだが……カウントが進む中、猪木のリングアウト負けを恐れた坂口征二らセコンドが数人掛かりで猪木をリング上に押し上げていた。
世間では「舌出し失神事件」と言われているけれど、実は、この時点で猪木の舌が出ていたわけではないのである。
リング上に押し上げられた猪木がゆすっても全く動かないので、舌による窒息を恐れた坂口の指示で、木村健悟か星野勘太郎のどちらかが猪木の口に指を入れて舌を引き出した……というのが真相なのだ。
誰かが必死に舌を引き出そうとしている指を見た記憶はあるが、誰の手だったかと問われると、確証はない。木村の方が猪木の顔の近くだった記憶もあるけれども、星野が素早くやったのかもしれない。
そんな中、レフェリーのカウントは進んだ。
リングアウトであれ、ノックアウト・カウントであれ、まったく起き上がれない猪木のKO負けという事実は揺るぎないものに見えた。
憶測や作り話があふれる、伝説の試合に。
リング上は大混乱だった。
ホーガンは、このとんでもないアクシデントに呆然としているようだった。
総立ちのファンが見守る中、猪木はその場でリングシューズを脱がされ、担架で控え部屋に運ばれた。猪木はそのまま駆け付けた救急隊員によって救急車に乗せられ、都内の病院に搬送されていった。
この試合はあまりにも衝撃が大き過ぎたために、いろいろな推測や作り話に近いものも語られている。
だが、この夜のことについて猪木本人が語ったことは、実は一度もないのだ。