プロレス写真記者の眼BACK NUMBER
あのとき猪木の舌は出ていなかった。
大どんでん返しのIWGP決勝戦秘話。
text by
原悦生Essei Hara
photograph byEssei Hara
posted2020/06/28 11:00
IWGPリーグ優勝決定戦。リング上で昏倒するアントニオ猪木。セコンド陣が必死に目を覚まそうとしていた。
初回IWGPリーグは連日の超満員という大成功に。
6月2日、蔵前国技館には超満員1万3千人のファンが詰めかけた。
立見券を求めて徹夜で並んだファンの内、1000人近くが入場できずに泣く泣く家路についたという。IWGPという名の魔力なのか、このシリーズは28日間、すべてが超満員で、IWGPがはじき出した観客動員数には地方のプロモーターも笑いを隠せなかった。
優勝戦のカード予想は外れたが、それでも優勝は猪木だろうと思っていた。その先に、大どんでん返しの結末が待っていることなど誰も知る由もなかった――。
慎重なホーガンと激しかった猪木。
ゴングが鳴った時の緊張感は、過去の数多くのプロレスの試合と比べても格別のものがあった。
ホーガンはもはや3年前、IWGP構想以前に猪木が最初に戦った時の剛毛に背中が覆われていた野暮ったいホーガンではなかった。フレッド・ブラッシーに付き添われて来日したときのホーガンは体が大きいだけの“デクの棒”に過ぎなかったが、日本において猪木と戦うこと、猪木とタッグを組むことでレスラーとして急成長していた。とはいえ、IWGPの第1回開催において、猪木を倒して優勝できるだけの存在とはまだ思えなかった。ホーガン相手ならば、アンドレと戦うよりも猪木の優勝はより固いだろうと思った。
猪木は体のつやもよく、胸板には張りがあった。
ホーガンは冷静なままオーソドックスな戦いを挑んできたが、猪木がそれを嫌った。何かを仕掛けるつもりだったのか。
逆に猪木は、張り手でホーガンを威嚇するが、ホーガンは猪木から学んだことをおさらいするかのように慎重に猪木に向かっていっていた。
1発目のアックスボンバーはスピーディーだった。猪木はこれを半身で受けた。そのお返しに放った猪木の延髄斬りに、ホーガンは効いた素振りさえ見せなかった。
ホーガンの激しいブレーンバスターに猪木の体がリングで大きくバウンドした。もつれた2人は場外に落ちた。ホーガンは2発目のアックスボンバーを背後から放つと前のめりになった猪木の前頭部は鉄柱にぶつかった。そしてとどめとなった3発目。ふらっとエプロンに上がってきた猪木にホーガンは走り込んで真正面からアックスボンバーを叩き込んだ。場外に再び転落した猪木は……起き上がれない。