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「露出はお尻までと決めていた」元アイドルレスラー・工藤めぐみは“写真集&グラビア撮影”をどう思っていた? 性的画像に感じた「悲しさ」
posted2022/11/11 11:02
text by
伊藤雅奈子Kanako Ito
photograph by
Hideki Sugiyama/AFLO
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全日本女子プロレスにはわずか2年しか在籍していなかったにもかかわらず、工藤めぐみはセンターポジションだった。「全日本女子プロレス ‘86新人オーディション」に合格したときも、翌87年8月5日に開催された「未来闘争IN後楽園~プレリュード~」で惜しくも優勝を逃したときも。写真のなかの工藤は、前列の中央に配置されている。16歳という若さに加え、そのルックスを高く評価されていたのは自明だ。
FMWで復帰した2年後の92年、シャーク土屋とクラッシャー前泊が全女に着火した形で、女子プロ団体対抗戦がスタート。JWP(現:PURE-J)、LLPW(現:LLPW-X)、GAEA JAPANを巻きこんだ一大スペクタクルとなった。唯一無二の世界観と地位を確立していた“邪道姫”工藤のビジュアルを一般メディアが放っておくはずがなく、グラビアタレントと二足のわらじをはくことになった。
工藤 そういう表現の方法は、得意ではなかったです。だから、大仁田さんは私をイベントに同行させたんだと思います、「見て学べ」と。大仁田さんによく言われていたのは、「テレビも大切だけど、ラジオをやれ」と。私はラジオのおもしろさや影響力がわかってなかったけど、自分のラジオ番組を持たせていただいたんですね。でも、最初は音楽に特化したもので、ゲストのミュージシャンでも大御所のみなさんがたくさんいらっしゃって、話を持っていけないし、会話のキャッチボールができない。苦しかったです。でも、音楽界、お笑い芸人さん、プロレスの方とか毎回違う分野の方がいらっしゃるようになると、知らない分野のことを知れて、楽しくなっていきました。大仁田さんが言ってた意味はこうだったんだって、感謝しましたね。
グラビア初挑戦は「いきなり水着。緊張しまくり」
――グラビア界に進出したときの気持ちは、どうでしたか。
工藤 いちばん苦手な分野(苦笑)。当時の荒井(昌一)社長から、「工藤さんは写真がダメなんだよね。いい写真がない」って言われてたので、余計に苦手意識が出てしまって。最初に出した写真集では、カメラマンさんが子どもをあやすように、無理やり笑わせてくれて、それぐらい苦手です。私のなかの表現方法で「写真」っていうのはないんですね。なんででしょうかね、ルックスに自信がないからじゃないですか。
――いや、いや。グラビア初挑戦は、どんなシチュエーションでしたか。
工藤 FMWに入ってすぐだったので、20歳前ですかね。一般誌で、いきなり水着。勝手を知らず、現場のスタッフさんもこっちの関係者も、全員男の人。そのなかで普段は着ないビキニを着て、緊張しまくり。ロボットのような動きで、ガチガチで。それでわかってもらえたのか、「これから同行は女性スタッフにするね」って言われました。