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三沢光晴さんへの思いを込めて――。
ノア齋藤彰俊が放つバックドロップ。 

text by

塩畑大輔

塩畑大輔Daisuke Shiohata

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photograph byPRO-WRESTLING NOAH

posted2020/06/15 19:50

三沢光晴さんへの思いを込めて――。ノア齋藤彰俊が放つバックドロップ。<Number Web> photograph by PRO-WRESTLING NOAH

GHCヘビー級選手権をかけて潮崎豪(左)と戦った齋藤彰俊。今も三沢光晴さんへの思いを胸にリングに上がる。

「事故を糧にして」の言葉の重み。

 ベルト奪取はならなかった。

 それでも齋藤は、会場からの去り際、潮崎に「ありがとう」と言った。

「ベルトはお前を選んだ。そして、オレも前に進める。6月のこの日に、こうして戦えたことを誇りに思う」

 あれから11年。この試合は齋藤が踏み出した「次の一歩」だった。

 これまで、三沢さんの命日に特別なメッセージを発することはなかった。避けてきたというべきかもしれない。

 それよりも、事故を乗り越えて戦う姿を世間に見てもらう。そこに徹してきた。だが、10年の節目を過ぎて、考えが少しだけ変わってきた。

「自分が天に召されて、三沢さんと再会して『おつかれさま』と言ってもらうまで、自分なりの戦いを続ける。そこは変わりません。ただ、それだけではいけないのではないか、と思うようにもなりました」

 三沢さんの遺言がつづられた手紙を読み返す。

 そこには「どうか事故を糧にして生きていってほしい」というような内容までが書かれていた。

「今のままでは、事故を乗り越えただけ。糧にしたとまでは言えないんじゃないかと」

「言葉とは贈り物なんです」

 あえて三沢さんの命日の時期を選んで、この世に残った2人で戦う。

 ケガ明けの潮崎。腰に強い痛みを抱えてリングに上がった齋藤。もしかしたら、お互い万全ではなかったのかもしれない。だが、だからこそ伝えられるメッセージもあった。

 コロナで世界中の人々が苦しむ今だからこそ。積極的な発信は、事故から10年の間にはなかったことだ。

 自分だからこそ言えることもある――。あえて悲しい事件についても口を開く。

「誹謗中傷については、せっかくだから言わせてもらえたらいいかなと思います。言論の自由は守られないといけない。ただやっぱり、公の場に投げかける言葉については、責任は伴うのかなとは思います」

 これはあくまで個人的な感情、思いに過ぎないから――。

 そう言い張って投げかけられるものに、齋藤も傷つけられ、苦しんできた。

「公の場に出せば、その事象を見ていない人に『そういうものか』と思わせるところも出てきてしまう。見てなくても、詳しく分からなくても、便乗はできてしまう。結果的に多数の意見のように見える。『全てを知った上での意見』でなくても、数が多くなればその意見が『正しいもの』として広がってしまう可能性があります」

 匿名性こそネットの良さ。そういう意見もある。齋藤もそれを全面的に否定するわけではない。

「匿名だからこそ、リスクを感じずに発言できる。そしてそのことが、結果として物事をよい方に動かせることもある。ただ、そういうあり方を大事に思う人ほど、匿名での発言に責任を持った方がいいのかなとも思います。でないと『匿名での発言は人を傷つけうるもの』とひとくくりに否定されてしまうことになる」

 形は違えど、世の中にメッセージを発信し続けてきたもののひとりとして、力を込めて言う。

「言葉とは贈り物なんです。良い物もそうでないものも贈る事ができます。だから、たとえ匿名であったとしても、送信ボタンを押す前に吟味をしてもらいたいです。大事な家族、親しい友人に『何を贈ってあげようか』と悩むのと同じように」

「今も批判のお言葉を頂戴することがありますが、自分に興味を持ってくださって、自分のことをよく調べてくださっているからこそ、ここまで事細かに書いてもらえていると思うところもあります。お互いが『贈り物』だと思える言葉のやり取りが世の中に増えれば、つらい思い出も、いつしかいい思い出に変わるような気もします」

【次ページ】 今までよりも「一歩」踏み込んで。

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