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三沢光晴さんへの思いを込めて――。
ノア齋藤彰俊が放つバックドロップ。
text by
塩畑大輔Daisuke Shiohata
photograph byPRO-WRESTLING NOAH
posted2020/06/15 19:50
GHCヘビー級選手権をかけて潮崎豪(左)と戦った齋藤彰俊。今も三沢光晴さんへの思いを胸にリングに上がる。
誹謗中傷を受けても戦い続けた。
すでにSNSの世の中になっていた。
匿名で「お前が殺した」などと誹謗中傷のコメントが寄せられることもあった。深く傷つきながら、それでも齋藤は戦い続けた。
全てを受け止め、背負って進む。そう心に決めた。
自分と同じように、意図せず、不運に巻き込まれて苦しむ人々を勇気づけるために戦う。それこそが、三沢さんの恩に報いる道。そう信じて、生きてきた。
そうやって、10年が過ぎた。そして、コロナ禍が世を覆う時代がやってきた。多くの人々が苦しんでいる。いま、広く共感を得られるのは、飛び抜けたヒーローよりも、もがきながら戦う齋藤のような姿かもしれない。
自分にもできることがある。自分だからこそ伝えられるメッセージもある。
齋藤は王座への挑戦を決めた。
「相手が潮崎というのもあります。三沢さんが期待をかけていた選手。あの試合で、三沢さんとタッグを組んでいた選手ですから」
木村さんにお話しする機会があったら。
齋藤の心を揺るがす出来事が、もうひとつあった。
プロレスラー・木村花さんが亡くなった事件だ。
最後に出演したシーンを、たまたま自宅で見ていた。その数日後のニュースだった。いろんな意見が飛び交った。その中で、齋藤は静かに考えていた。
「自分にも、少し分かるところがありますから」
少しどころではない。齋藤も三沢さんの「事故」をめぐり、激しい誹謗中傷を受けて、深く思い悩むことがあったからだ。同業者とも言える立場の人間から「あれは意図的」とデマを流されることまであった。
そして「事故後の世界」は、今なお終わってもいない。
フラッシュバックはある。苦しみは続く。
似た境遇を味わったからこそ、彼女に対してできたことはあるのではないか。
「どれだけ力になれたかは分かりませんが、それでも『もしもお話をする機会があったら』とは思ってしまいます」
だから、SNSなどですぐに追悼のコメントを発信するような気持ちにはなれなかった。自分だからこそ。その思いはいっそう強くなった。