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チェ・ヨンスは本当に怖かった……。
驚愕の“パネンカ”と取材激闘秘話。
text by
吉崎エイジーニョ“Eijinho”Yoshizaki
photograph byPenta Press/AFLO
posted2020/06/13 20:00
2013年にはアジア年間最優秀監督も受賞している崔龍洙。現在はK1リーグのFCソウルを率いる。
オシム監督率いるジェフ、初優勝がかかった一戦で。
Jリーグファーストステージ第13節、ジュビロ磐田vs.ジェフユナイテッド市原。イビチャ・オシム監督率いるジェフは、初のステージ優勝をかけ、ジュビロ磐田とのアウェーゲームに臨んでいた。首位のジェフはここで勝てば優勝。しかし相手は藤田俊哉、名波浩らを擁した史上最強と呼ばれる世代のチームだ。
優勝への重圧からか、ジェフは前半を0-1の1点ビハインドで終えた。
迎えた後半5分。ゴール前の混戦からジェフがMF坂本將貴へのファウルによりPKを得る。
キッカーは崔龍洙だった。
ペナルティスポットにボールを置き、集中した様子で助走分の歩幅を計り、下がる。キックの前に一呼吸。この後に……。
チップキックでふわりと浮くボールを真ん中に蹴った。左に飛んだGKヴァンズワムは残った右脚で対応しようとするが、その上を通る緩やかな弧を描いた……。
“パネンカ”だ。旧チェコスロバキア代表アントニーン・パネンカが1976年欧州選手権決勝のPK戦で見せて以来、チップキックのPKはそう呼ばれる。
エグかった。
本当に。
記録上は1ゴール。でも両チームへのメンタルの影響を考えるとプラスアルファの効果は計り知れないように思えた。相手へのダメージ。そして味方へは「落ち着いてやれよ」というメッセージ。その瞬間、優勝決定戦に最高潮のボルテージで盛り上がっていたスタンドも完全に崔がコントロールしていた。ボールが弧を描いた瞬間、シーンと静まり返り、その後ドッと沸いたのだ。
この人こそが、誰よりも柔らかかった。
この状況で、それやる? クラブの歴史がかかった試合なんだけど。とんでもねぇな、この人、と思った。よく日本人が「柔」、韓国人は「剛」と比せられるが、この人こそが日本の最高のステージで、誰よりも柔らかかった。
しかし、試合後の崔はこちらの声がけにも去り際に手を挙げて反応するだけ。素通りでバスに乗り込んだ。
ゲームに勝てなかったのだ。崔のゴール後、後半30分に逆転したが、その1分後に前田遼一に決められ2-2。結局このステージの優勝は岡田武史率いる横浜F・マリノスが手にしたのだった。