熱狂とカオス!魅惑の南米直送便BACK NUMBER
カズのブラジル初ゴールを目撃した
唯一の日本人記者、色褪せぬ記憶。
text by
沢田啓明Hiroaki Sawada
photograph byHiroaki Sawada
posted2020/06/03 11:50
1988年3月19日のプロ初ゴールを伝えるパウリスタ新聞。記事と写真は筆者が手掛けたものだ。
鳴り止まぬ爆竹の中でインタビュー。
地元観衆は、またしても大騒ぎ。耳をつんざくような音を立てて、爆竹が数分間も鳴り続けた。
当時、ブラジルでは試合後、ピッチの上で選手にインタビューできた。勝利の立役者は、1ゴール1アシストのカズだ。テレビとラジオのインタビュアーが何重にもカズを取り囲む。
若者は、なめらかなポルトガル語でインタビューに答えていた。
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「大事なコリンチャンス戦で初ゴールをあげて、しかも勝てるなんて夢のようです」
「右からのクロスに逆サイドから走り込んできて合わせる、というのは、いつも練習していた。狙い通りのプレー」
僕はしばらく輪の外で待ち、ブラジルのメディアのインタビューが一段落してから近づいた。
「見事なゴールでしたね」
カズは、額からしたたり落ちる汗を拭いながら、笑顔を浮かべた。
「ゴールした瞬間、頭の中が真っ白になった。今でも夢でも見ているみたい。ブラジルへ来てからこれまでのことを思い出して、ちょっと涙が出そうになった」
試合後、更衣室を覗いてみると。
試合後、キンゼの更衣室を覗いてみた(今ではありえないが、当時はそこまで入れた。大らかな時代だった)。
裸になった選手たちが、奇声を上げ、水を掛け合って、狂ったように騒いでいる。クラブ関係者が「コリンチャンスに勝ったのは10年ぶり、ホームで勝ったのは32年ぶり」と教えてくれた。
カズも何やらわめきながら仲間に抱きつき、抱きつかれていた。
駐車場に着くと、納谷さんが満面に笑みを浮かべていた。僕は、「カズ、やりましたね! おめでとうございます!」と言って手を差し出した。彼の手は、大きくて力強かった。
サンパウロへの帰り道、納谷さんは上機嫌だった。
「な、俺が言った通りになっただろ。カズが点を取れば勝てる、と言ったら、本当にそうなった」
「これから、カズはガンガン点を取るぞ……」
僕もたった今、目撃してきたことに興奮していた。
日本人が、フットボール王国ブラジルのプロリーグで、初めて得点を挙げた。そして、彼の活躍で田舎の小クラブが名門コリンチャンスを倒したのだ。
まるで熱病に浮かされたように2人で話し続けるうち、サンパウロに着いた。人口1000万人を超える巨大都市の見慣れた高層ビルが、そして世界が、これまでとは少し違って見えた。
(5日公開予定の第2回に続く)