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フェデラーvs.同世代ロディック。
ウィンブルドン決勝の切ない結末。
text by
山口奈緒美Naomi Yamaguchi
photograph byGetty Images
posted2020/04/15 11:30
4時間を超える激闘の末、たたえ合うフェデラーとロディック。絶対王者と同世代だったテニス人生、様々な感情が絡みあっただろう。
「僕は5回優勝していた。それでも」
宿敵フェデラーに対しては「彼は真のチャンピオンだ。これだけのものを手にするに値する」と述べ、フェデラーは左手を上げて控えめな笑顔で応えたが、その表情にこの日成し遂げた偉業にふさわしい晴れやかさはない。代わってマイクの前に立つと、こう語りかけた。
「あまり悲しまないで。僕も去年はここで同じように5セットでラファに負けたけど、こうやって……」
そのとき、ロディックが何かを言って遮った。マイクをつけていないので聞こえなかったが、すぐにこう応じたフェデラーの言葉から推測できた。
「確かに、僕は5回優勝していた。それでもやっぱり辛かったんだ」
ロディックは、すでに5回も優勝していた去年のフェデラーと今の自分は立場が違うよと、正直に、反抗期の子供のように“口答え”してみせたのだ。
フェデラーは「君もまたここに戻って来て、勝つ日が来る。今日の君は本当に強かった」と続けたが、ロディックがグランドスラムの決勝に戻ることは二度となかった。そして、2012年の全米オープンを最後に引退。30歳になったばかりだった。
「ロジャーが候補になった時には」
引退から5年後、2017年に『国際テニスの殿堂』に入ったロディックは、セレモニー後の記者会見で、あいかわらず少々口の悪いやんちゃなキャラを隠さずにこんなことを言っている。
「これで僕はこの先、(殿堂入りを決めるための)投票権を持てるんだよね? だったら、ロジャーがいつか候補になったときには反対票を投じる(笑)。でも、彼を嫌いになるってことはすごく難しくてね。今日も朝一番に僕が受け取った祝福のメッセージは、ロジャー・フェデラーという男からのものだったよ」
もしもあの試合に勝っていれば、もしもあのセットポイントのボレーをミスしていなければ……そんないくつもの『もし』と葛藤してきたはずのロディックは、こうも言った。「そういう思いを巡らせてもキリがないし、今となっては無意味だ」と。
つかみそこねた栄光をあきらめ、残酷な敗北を受け入れた先に至った境地は、あの詩の通りであっただろうか。