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鬼才・柳澤健が綴った桜庭和志・伝。
「プロレスラーは最強」の真実とは?
text by
藤森三奈(Number編集部)Mina Fujimori
photograph byKeiji Ishikawa
posted2020/03/10 18:30
自らもブラジリアン柔術を学んでいるという著者の柳澤健。「格闘技は技術を知らなければ書けないので」(柳沢)
アントニオ猪木の幻想を終わらせたのは誰だ?
「タイガーマスクに憧れてプロレスラーになった桜庭和志は、総合格闘技の草創期に登場して、『プロレスラーは、本当は強いんです!』と発言してプロレスファンから大喝采を浴びました。桜庭和志は、アントニオ猪木が作り出した『プロレスは最高の格闘技である』という幻想を、リアルファイトの世界で実体化させたからこそヒーローになった。
2006年頃に『1976年のアントニオ猪木』の最終章を書いていた時点で、すでに私は、アントニオ猪木という幻想は桜庭和志で終わるのかもしれないな、と漠然と思っていました。実際に桜庭和志の本を書こうと思っていたわけではありませんけど」
――この本の中には、桜庭和志という選手がいい意味で「プロレスラー的」だなと思わせるシーンがよく出てきます。
「桜庭さんの中には、お客さんにチケットを買ってもらってこそ自分たちは食べていけるというプロ意識とサービス精神があるんです。いくらリアルファイトをしても、『修斗(佐山聡創設の総合格闘技)』にはお客さんが集まらなかった。プロフェッショナルである以上、お客さんに会場に足を運んでもらわなくてはならない。楽しい試合、面白い試合をお客さんに見せたいという強い思いを桜庭さんは持っています。
結末が決まっているプロレスか、それともリアルファイトか。それはプロモーターが決めることで自分が決めることではない、と桜庭さんは思っているんです。
プロレスを見下すところは全然ない。実際に、桜庭さんは新日本プロレスやプロレスリングNOAHでプロレスもやっていますから。
ただし、リアルファイトの総合格闘技を標榜するPRIDEやHERO'Sで桜庭さんが結末の決まった試合をやったことは一度もありません。桜庭さんはお客さんの期待を裏切りたくないんです」
佐山聡が持っていた強さのリアリティ。
――そうした考え方の根っこには、やはり、桜庭選手がプロレスラーとしてキャリアをスタートさせたことが関係していますよね。
「その通りだと思います。職業意識がとても高い。プロレスだったUWFインターナショナルでも、総合格闘技のPRIDEでも、お客さんを楽しませたい、驚かせたいという思いは変わらなかった。通常のMMAファイターは相手を倒すことしか考えませんが、桜庭さんはその上に、お客さんを楽しませることを考えるんです。モハメッド・アリみたいですね(笑)」
――要するに、桜庭選手はプロレス好き。
「そうですね。タイガーマスクに憧れたわけですから。ただし、飛んだり跳ねたりの四次元殺法ではなく、佐山聡が持つ強さのリアリティに惹かれたことは強調していました。
華やかな舞台の上で飛んだり跳ねたりしてお客さんの喝采を受けるよりも、強くなりたいという思いの方が上だったんです。
仕事としてお金をもらってサブミッションレスリングを練習して強くなっていく実感があれば、リング上で行われていることが結末が決まっていようがリアルファイトであろうが、桜庭さんにとってはさほど重要なことではなかった」