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鬼才・柳澤健が綴った桜庭和志・伝。
「プロレスラーは最強」の真実とは?
posted2020/03/10 18:30
text by
藤森三奈(Number編集部)Mina Fujimori
photograph by
Keiji Ishikawa
著者が「UWFの本の続編、アントニオ猪木の本の最終章」と位置付けた、これまでで最も衝撃的な一冊。その誕生までの秘話を、Number編集長・宇賀康之を聞き手に縦横に語った、貴重なインタビュー。
――まず、今回のご執筆の経緯と、これまでのご著書の中での位置づけについて教えてください。
「2000年5月、ナンバー編集部員だった私は、東京ドームで桜庭和志×ホイス・グレイシー戦を見ています。
その6年前、1994年3月にはアメリカのデンバーでUFC2を見ました。当時のUFCは本当に凄惨なもので、真剣勝負のプロレスという甘やかな夢が打ち砕かれたような気がしました。
桜庭×ホイスは私にとって6年ぶりに見た総合格闘技。血みどろの決闘だった“ヴァーリトゥード(何でもありの格闘技スタイル)”が、桜庭和志というひとりの天才の出現によって、こんなに明るく楽しく面白いイベントになり得るのか、と衝撃を受けたんです。
2003年に私は文藝春秋を辞めて、4年をかけて『1976年のアントニオ猪木』という処女作を書きました。
現役世界ヘビー級王者のモハメッド・アリと異種格闘技戦を戦ったアントニオ猪木は、『プロレスは最強の格闘技である』と主張して、日本の多くのプロレスファンがそれを信じた。でも、それは日本国内だけで通じる幻想でした。『プロレスは結末の決まったショーであり、エンターテインメント』というのが世界的な常識ですから。
“プロレスは最強の格闘技”というドメスティックな幻想に覆われた日本のプロレスは、その後どうなっていったのか?
そのことに興味を抱いた私は、『アントニオ猪木以後のプロレス』について何冊かの本を書きました」
『1976年のアントニオ猪木』の最終章として。
「『1984年のUWF』は、プロレスは格闘技であるべきだと信じる元タイガーマスクの佐山聡が、潰れかけたプロレス団体であったUWFを、リアルファイトの総合格闘技団体に変えようと試みて失敗したことについて書いた本です。
『2011年の棚橋弘至と中邑真輔』は、アントニオ猪木が作り出した『プロレスは最強の格闘技である』という古くさい幻想=ストロングスタイルが、2000年代の新日本プロレスをダメにしている。我々は観客のために、身体を張ったエンターテインメントを披露すべきだ、と考える棚橋弘至と中邑真輔が新日本プロレスを再生させる物語です。
今回の『2000年の桜庭和志』は、『1976年のアントニオ猪木』の最終章であり、『1984年のUWF』の続編とも言える作品なのです」