箱根駅伝PRESSBACK NUMBER
“山の神”の名付け親は今――。
「お前かよ、って感じでしょう」
text by
雨宮圭吾Keigo Amemiya
photograph byWataru Sato
posted2020/01/01 11:50
3年連続5区だった北村聡は、最終年度は希望して2区を走った。今年から日立製作所女子陸上部の監督を務める。
北村の快走をはるかに上回った今井。
今井の1学年下にあたる北村自身も才能とスピードにあふれるランナーだった。名門・西脇工高時代には、2年時の国体で当時の5000m高校新記録となる13分45秒86をマークするなど、同学年の上野裕一郎、松岡佑起、伊達秀晃とともに“四天王”と呼ばれた。
日体大に進学し、1年生で初めて出場した箱根駅伝でも、同じ5区で脚光を浴びるような走りを見せていた。
この時は中継所で今井より3分21秒先んじて襷を受け取ると、5km地点までは中井祥太(東海大)の持つ当時の区間記録を18秒上回るハイペースで入った。
「基準が分からなかったのでそんなものかなと思っていた」と、特別突っ込んだ意識もなく、体のおもむくままに飛ばしていった。
映像でもトップの東海大だけでなく、北村の映る場面が増えていた。後方では15位で襷を受けた今井がごぼう抜きを始めていたが、北村のペースも落ちない。
大平台を22分49秒で通過。これは区間記録を29秒上回る快走だ。北村に並走する中継車がその事実を高らかに伝えている最中、別のアナウンサーから「ちょっと待ってください!」と横やりが入った。
「順天堂の今井が22分28秒で通過しています!」
「えっ!!」
喋っていたアナウンサーはそう言ったきり絶句してしまった。「そうそう。根こそぎ持っていかれました」と北村も苦笑しながら思い出す主役交代のシーンである。
区間4位だが、圧倒的な敗北感。
その後もペースを緩めずに区間記録を2分以上更新した今井に対し、北村は芦之湯手前でまず腕、そして足と次々にけいれんを起こした。
「事前に本番と同じような山の練習をした時も、体をつって先輩に抱えられて帰ったんです。それは途中棄権になっちゃうから避けようと思った。絶対にゴールに行かなきゃと」
立ち止まって屈伸し、足を叩いてなんとかけいれんをなだめようとした。ペースは落ち、18.7km地点で今井にもあっさりかわされた。
「陸上選手としてそれまでの駅伝は順風満帆だったけど、初めて自分がダメだと思わされた。辛い経験だけど強烈だった。観衆や注目度も含めて、今までの駅伝とは違ったのが箱根駅伝。総合優勝した駒大とは3分35秒差ありましたけど、僕が今井さんぐらい走れていれば勝てたかもしれないとも思いました」
区間4位のタイムでは走り切ったものの、悔しさの方が大きかった。