フランス・フットボール通信BACK NUMBER
バルサの神童アンス・ファティ。
アフリカの内戦に追われスペインへ。
posted2019/12/26 07:00
text by
ロムアルド・ガデベクRomuald Gadegbeku
photograph by
Miguel Ruiz/FC Barcelona
ギニアビサウはアフリカ大陸西端に位置する、セネガルとギニアに囲まれた人口180万人の旧ポルトガル領の小国である。その小国から、スペイン・アンダルシア地方に移り住んだ少年は、6歳半で地元のクラブに入団した。それから10年後の今、16歳304日というFCバルセロナ史上最年少ゴールを記録し、もし移籍するとしたら1億ユーロ……という高額の違約金設定されるまでの選手となった。
だが、今日に至るまでの彼の人生は、数奇な運命に彩られている。そして多くの人々の助力を得ながら、ここまで到達したことを教えてくれる。
『フランス・フットボール』誌11月12日発売号ではロムアルド・ガデベク記者が、現在、世界で最も注目される若手のひとりの半生をレポートしている。
監修:田村修一
アフリカの内戦から逃れてスペインへ。
まずは、彼の物語が始まる以前の物語から始める。
それは2002年10月31日の、アンスマネ(アンス)・ファティの生誕以前に遡る。1998年に始まったギニアビサウの内戦が、彼を生まれ故郷から遠ざけた。騒乱自体は1年後に収束したが、混乱はその後10年近く続いた。
その結果、アンスの父親であるボリ・ファティは、家族を養うため、家族を祖国に置いて、より豊かな生活を求めてまずはポルトガルへと旅立ったのだった。その後、スペインのセビージャ近郊の町エレラに辿り着くまでに、彼は様々な仕事を経験する。ファティの父であるボリが当時を回想する。
「スペインには移民の力になってくれる村がふたつあると友人たちから聞いた。そこに行けば仕事も紹介してくれるし、必要な書類も揃えてくれると。だから彼らの言葉に従ったが、そこでもはじめはとても大変だった」
まず彼が仕事に就いたのが、高速鉄道の建設現場だった。それからは石工やウェイター、清掃作業員……。乞われるままに仕事を変えていった。
その間、夜はねぐらの確保に常に苦労した。